俺だって、元々こんな奴だったわけじゃない。
や跡部君、その他のテニス部員に助けられてから、俺はそんなことばかりを考えるようになっていた。
は、俺らがこの間引退した演劇部の後輩で、俺のことを好きだった奴。
それは俺の自惚れなどではなく、実際にそうだっただろう。ちゃんと確認したわけではないが、の俺を見る目は、誰を見るときよりも輝いていたから。
「さん。いつも練習熱心だね。それ、今度の台本?」
「は、はい!そうです。で、でも。熱心ってわけでは・・・っ。」
「いや、いつも偉いなぁと思ってるんだよ。本当、さんは真面目だよね。台本に、ちゃんと名前も書いてあるし。」
「いえ、練習は好きでやってて・・・。名前は、書いておかないと、私、すぐに忘れちゃうんで・・・。」
「本当、可愛いなぁ。さん。」
「そ、そんなことないですっ・・・!!」
「・・・そういえば、さんって、って名前なんだ。名前も可愛いね。これから、名前で呼んでもいいかな?」
「えっ?!あ、はい!!だ、大丈夫です・・・!!」
やっぱり。俺が名前で呼んでもいいかと尋ねたら、の目はより嬉しそうになり、顔を真っ赤にさせていた。そりゃあ、憧れの先輩に、こんなことを言われたら、少しは期待してしまうのも無理はない。
だが、俺の噂は最悪なものだ。それらを一言で表すのなら、『女の敵』という言葉になるだろう。だけど、それをわかってて、くだらない女付き合いをやめない俺は、男からも嫌われている。
そんな噂も流れていない頃。俺は、ただただ演劇に夢中になっていた。父が作家で、俺も将来は父の作品に出たいと思っていた。その夢をわかってくれた父は、時間があれば稽古をつけてくれたし、自分でも小さい頃から、たくさんの本を読んで、その登場人物を演じてみたりして、演技の練習をした気になっていた。
その甲斐あってか、初等部の発表会などでも、俺はかなり注目され、中には「子役になれる」とスカウトしてくる会社もあった。・・・当時は、俺も幼かったから、難しい話はわからなかったが、それでも、まだプロになるのは早いと考えた。氷帝は、学業はもちろんのこと、部活動も盛んな学校だから、俺は中等部の演劇部で、もっと腕を磨けるんじゃないかと思っていたのだ。それは、見事に的中していた。
しかし、俺の人生の歯車は、この中等部の演劇部によって、狂わされた。いや、正式には、その部に入った俺に出来た彼女の所為だ。
俺が演劇部に入ると、外部の人たちには「もうプロでしょ・・・!!」と驚かれ、内部の人たちには「やっぱり、すごいね!!でも、前よりも、もっとすごいかも!」と褒められた。それは、俺にとって、すごく有り難いことであり、俺はますます部活動に励んだ。
だが、それと同時に、俺は人気が出てしまった。・・・要は、モテるようになってしまった。もちろん、それも嬉しいことであり、知らない子からのラブレターも、ファンレターの一種みたいなものだろうと考え、少し本当の俳優になった気分になれたりもした。
そして、ついに、俺は当時気になっていたクラスの女子に告白された。もちろん、返事はOKで、俺達は付き合うことになった。しかし、俺も初めての彼女で、彼女と何を話し、どう接すればいいのかがわからなかった。
恥ずかしかったっていうのもあるし、確かに、俺も悪かったと思う。だけど、彼女の別れたい理由がひどかった。
「あの・・・。橋山君って、私のイメージとちょっと違うみたい。前の劇で演じてた印象と違うから。」
それは、そうだろう。あれは、別人を演じているのだから。
そんな冷静な反論さえできないほど、俺はショックを受けた。そして、それを救うかのように、別の女子に告白された。
彼女は失恋した俺を、優しく慰めてくれて。単純だが、俺も彼女に惹かれ始め、付き合うことになった。
しかし、結局、別れの台詞は似たようなもの。
それから、俺は来る者拒まずで、何人かの女と付き合った。が、結局、向こうから別れを切り出され、理由も全て、似たようなもの。逆に、彼女たちが俺を好きになったきっかけである役のように接してやると、目の色を変えた。
それで、俺はわかった。誰も、俺のことなど見ていない。本当の俺など、知ろうともしない。
それなら、見せてやる必要はない。
そう思った俺は、相変わらず来る者拒まずで付き合い、ソイツらの望む“俺”を演じてやった。そして、飽きたら、それをやめ、突然捨てる。それを何度も繰り返した。
そこから、俺の印象は悪くなったが、別に後悔はしていない。初めから、俺と向き合おうとしない女を騙すのは、それ相応の罰だ。俺は、何も悪くない。
しかし、噂は広まり、俺に告白する女は、噂を知らない他校の女か、噂を知って「お互い、遊びで付き合おう」と考えている女か、「私には本気になってくれる」と馬鹿な考えをする女か、それぐらいになっていた。
は、どれに属しているのかはわからなかった。2つも年下だから、噂を知らなかったのかもしれない。少なくとも、演技しているときの俺を見る目は、今までの女と変わらなかった。
だから、遊んでやった。そのとき、もう1人、他校に俺の噂を知らない彼女がいたが、にはその気があるように接し、ある日、映画に誘って放置した。
約束の時間は、とっくに過ぎていたが、まだ居たら傑作だと思い、他校の女と待ち合わせの場所を通りがかった。そこには、と跡部君が居た。跡部君はすごく人気があって、なんかと喋っているのは変だと思ったが、偶然通りかかっただけだろうと思った。あと、跡部君にも、俺と似たような噂が流れていた。本当のところは知らなかったけど、もしかしたら、跡部君ならわかってくれるかもしれないと思いながらも、俺はをからかう発言をした。
でも、は今までの女のように、絶望したり、怒ったり、ヒステリックにはならず、普通に返してきた。それが気に食わず、少し離れてから、またからかってやった。
それなのに。いつの間にか、は跡部君と付き合っているという噂が流れ始めた。
無性に苛立った俺は、に嫌味な質問をして、困らせた。それでも、跡部君を頼ろうとするに、俺も我慢ができなくなって、他校の女を連れてまで、嫌がらせをした。
も、さすがにキツかったらしく、その場から逃げ出した。ようやく、俺の気持ちも晴れたと思ったのに、跡部君が俺を睨み、必死になってを追いかけて行った。・・・なんでだよ。跡部君は、俺の気持ちはわかってくれないのか?似た噂が流れてるだろ?
そんなことをぐるぐると考えていた俺の横で、他校の女が甘ったるい声を出してきた。それで、我に返った俺は、とりあえず、その女の機嫌をとり、その場を去った。
「アイツ、最っっっ低!!」
そんな声が後ろから聞こえてきたが、お前らに何がわかる?
その後、と跡部君は、本当に付き合っていた。・・・だから、なんでなんだ!!
納得のいかない俺は、ついに他校の女とも縁を切ろうと考えた。コイツがいなくなれば、楽な独り身になれる。それに、いつか、どうせ、また別の女が言い寄ってくるだろうから、と何の迷いも無く、捨てようとしたが。それが失敗だった。
その女は、俺以上に性悪で、すごくがたいの大きい男と共に戻り、俺から金を強請ろうとした。たしかに、氷帝は金持ちのイメージがあるだろうが・・・。
なんとか、その場から逃げようとしても、その男が阻み、俺はどうしようもなくなった。自業自得だとも思うが、大金を払う義理は無い。こんな男の存在がいたということは、この女にも非があったのだから。
そんなことを考えても、その場をやり過ごす術は無く、もう駄目かと思っていたとき、予想外にも、が姿を現した。しかも、この女にバレないように、キャラを少し変えていた。・・・さすが、練習熱心なだけあって、この間の役になりきっているようにも見えた。俺も咄嗟に話を合わせ、何とか誤魔化そうとしたが、がその男に殴られてしまった。
そこに、跡部君が現れ、女には嘘がバレたが、その他のテニス部員たちも現れ、彼らに助けられた。さらには、と跡部君に見せ付けられるような展開になってしまった。・・・まぁ、俺とは違って、天然でそうなったのだろうけど。
「ホント、見せ付けられちゃったなぁ。・・・ちゃん、今日は本当にありがとう。これからは、俺も気をつけるよ。」
俺はそれだけを言って、情けなく、その場を立ち去った。
そして。今、俺は彼女もなくし、元々親しい奴もおらず、1人で過ごす時間が増えた。だから、いろいろと考えてしまうんだろう。そこで行き着いたのが、「元々こんな奴だったわけじゃない」だった。
・・・・・・って、全てを人の所為にして、俺は被害者ぶるつもりか?結果的には良かったとは言え、俺だってを傷つけた。
最初は、も今までの女と同じだと思っていた。・・・だけど、本当はそうじゃなかった。きっと、は本当に演技が好きなんだ。そして、俺の何かの役を見て惚れたわけじゃなく、俺の演技そのものに惹かれていた、という方が近いだろう。・・・たぶん、これは俺の自惚れではないと思う。だから、を傷つけたのは、やっぱり反省すべき点だ。
本当に、一体俺は何をしてきたんだろうか・・・。
こんな俺を1度でも好きになってくれた。さらに、こんな俺を助けてくれた。
反省と同時に感謝もするべきだな。
とは言え、今でも、俺たちの仲はぎくしゃくしている。・・・当然だろう。俺が余計なことをしたから。
はぁ・・・。本当、俺は何がしたかったんだ・・・。
そう考えると、1つだけ答えはあった。
もうすぐ俺は卒業してしまう。だから、その前に・・・。そう思い、俺は、新作のDVDを買いに行った。そして、次の日、久々に演劇部へ顔を出した。
「。ちょっと、いいか?」
「・・・・・・はい。」
もう俺を作ることはやめた。の呼び方も、普通にした。
「この間は助かった。・・・で、これはその礼。」
「・・・いえ。その・・・。」
「いいから。受け取って。新作のやつだから。なら、絶対欲しいと思う。」
「・・・・・・では、有り難く頂きます。」
やっぱり、演技が好きなんだろう。欲望に負けて、は俺の持っているDVDに手を伸ばした。
「・・・演技、好きなんだな。」
「はい。もちろんです。」
「俺も、好きだ。・・・だから、これからは、もっと真剣に向き合う。普段、無理に芝居で俺を作ることもしない。」
「・・・・・・。」
「って、に言っても関係ないと思うだろうが、俺に気付かせてくれたには礼も兼ねて、伝えておきたかったんだ。それに、誰かに自分の決意を示したかったしな。」
「先輩・・・。あの・・・。私、先輩の演技、今でも尊敬しています。だから、これからも頑張ってください・・・!」
本当・・・。どうして、こんなにもは純粋なのだろうか?俺は、少しだけ悔しく思った。・・・何だか、演技に対しての思いが、俺よりも強い気がしたから。
「こそ、好い線行ってると思う。だから、その調子で頑張れよ。」
「ありがとうございます!」
「あと・・・。もし良ければだけど、跡部君との話、聞かせてくれるか?」
「跡部先輩との・・・?」
「そう。の惚気話が聞きたいんだ。」
「そ、そんな・・・。惚気だなんて・・・。」
跡部君の名前を出すと、途端に照れだす。・・・本当、純粋だよな。なんで、こんな奴があんな演技ができるんだろうと思う。
いや、純粋だからこそ、演じる役柄を素直に吸収できるのかもしれない。俺も見習わなければならない点があるかもな。
「じゃ、跡部君のどこが好き?とか・・・。」
「どこと言われましても・・・。や、優しいところとか・・・。」
「なるほど・・・。他には?」
「も、もう!いいじゃないですか・・・!」
必死になるが面白くて笑っていると、そこに跡部君が現れた。
「・・・おい。に何してるんだ・・・。」
「跡部先輩・・・!」
「そっちこそ。こんな所で何してるんだ?今は部活の時間だろ。」
「さっきまで生徒会で集まってたんだ。それより・・・。こっちの質問に答えろ。に何してたんだ・・・?」
「何もないです、跡部先輩!!」
「・・・?」
どうやらは、本当のことを言われるのが恥ずかしいんだろう。それがまた面白くて、笑ってしまった。すると、余計に跡部君に睨まれてしまった。
「別に、から惚気話を聞いてただけだ。」
「は、橋山先輩・・・!!」
「惚気・・・?」
「そう。は跡部君の優しいところが好きなんだって話を・・・。」
「橋山先輩!!!!!」
「だって、本当のことを言わないと、跡部君が怒るから。」
「そうだとしても・・・!!!」
「、本当なんだな・・・?」
「・・・・・・はい、そうです・・・。」
は恥ずかしそうに俯いた。それが、跡部君には俺が無理矢理言わせたように見えたらしく、まだ俺を睨みつけている。
「だから、本当だって。もそんなんじゃ、俺が怒られるんだけど・・・。」
「す、すみません・・・。」
「じゃあ、。さっきの話の続き、しよう。」
「続き・・・ですか?!」
「そう。そしたら、跡部君もわかってくれるだろうから。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・?」
「それじゃ、続き、な?は跡部君の優しいところが好きって言ったけど、他には?」
「・・・・・・頼りになるところ、です・・・。」
「それ、同じような意味だろ?」
「もう!いいじゃないですか、橋山先輩!!跡部先輩もわかってください・・・!!!」
跡部君もさすがに信じてくれたみたいで・・・と言うか、驚いてって感じだけど。とにかく、俺を睨みつけることはやめてくれた。
「あぁ、悪かった、。・・・それから、橋山先輩。何も知らずに突っ掛かってしまい、すみませんでした。」
「・・・・・・いいよ。そんな突然、丁寧に謝らなくても。それに、俺は疑われても仕方がないことをしてしまったから。」
「・・・・・・。」
俺が笑顔で言うと、跡部君は少し気まずそうな顔をした。・・・本当、跡部君も素直な子だ。やっぱり、跡部君の噂に関しては丸きりの嘘だったみたいだな。きっと、彼にフラれた女の仕返しか、この魅力的な彼に嫉妬した男の仕業か。そんなところだろう。
・・・これだから人は面白い。演じる楽しさも出てくる。
「じゃあ、最後に俺も惚気させてもらうよ。・・・俺は一生、演技と歩いて、これからはもっと大事にする。」
「先輩・・・。」
「今日はこれを言いたかった。、話を聞いてくれてありがとう。それから、跡部君もこの間はありがとう。」
「いえ・・・。」
「それじゃ、2人ともいつまでも仲良くな?」
笑顔の俺に、も少し恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。跡部君も、そんな俺たちにつられるかのように、少し笑った。
人には醜い部分もあるけど、こういう綺麗な部分もある。それらをうまく表現できるよう、俺はここから再スタートをしよう。俺の大好きな演技のために。
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完全にオリキャラメインですみません・・・(苦笑)。昔から、このヒロインが気に入っていたと同時に、橋山先輩もお気に入りでして。どうにか、良い人に戻せないかと、以前からコツコツと書いておりましたところ、ようやく完成いたしましたので、今更ながらアップさせていただきました。
・・・でも、跡部夢???って感じで、本当申し訳ないです(汗)。
あと、この作品を書くのが久々だったので、正直よくわかりませんでした(←)。今では、このヒロインも特別にお気に入りってわけでもないですし・・・(笑)。でも、『初心に帰る』じゃないですけど、どことなく新鮮な気持ちで取り組めたので、良かったかなと思います。
こんな作品にもお付き合いくださり、誠にありがとうございました。さすがに、このシリーズは、もう続きません(笑)。
('10/02/28)