私はマゾかもしれない。なぜかと言うと、私はいじめに遭っていたのに、大して困っていなかったから。むしろ、その方が心地よいと思っていたから。そんな私を見て、みんなは余計に私のことが嫌いになり、いじめをするのさえ、嫌になったらしい。最近では、「無視」といういじめだけだ。それはそれで、また、心地の良いものだった。

中学2年になっても、この生活は続いた。クラス変えをしても、無視は続いているなんて、なんだかすごいや、と私は一人、感心していた。
そんな中、私はある男子に出会った。同じクラスで席が私の前の奴だ。そいつは、私が教室に入ってくるなり、冷たい目で睨んできたのだ。

「おはよう。」

私は嫌われているから、挨拶をすれば、みんな嫌な顔をする。それを見るのを私は、密かに楽しんでいた。だから、今回も言ってみた。

「・・・・・・・・・。」

その男子は私を無視して、前を向いた。・・・なかなか良い反応。
それ以来、私はそいつに、やたらと話しかけるようになった。しかし、よく見てみると、そいつは私以外の人がしゃべりかけても、同じような顔をしていた。・・・つまりは、ただの人間嫌いなのだろう。

そいつの名は、日吉 若というらしい。教室にある席順の表で確認した。そういえば、こいつの名前をどこかで聞いたことがあるが、私は全く思い出せなかった。・・・まぁ、いいか。

「日吉、おはよう。」

「・・・・・・・・・。」

私が名前を呼ぶと、日吉はさらに嫌そうな顔をした。・・・うん、その目、その目。
今まで、私はいろんな人に睨まれてきたけど、日吉ほど、鋭くて冷たい目をしている人は見たことがなかった。だから、私は日吉のその目が大好きだった。

「あのさ、日吉。いつも、あんまり楽しそうじゃないけど、何か好きなこと無いの?」

私がそう言うと、日吉はさらに怪訝な目つきをした。・・・期待通り。

「・・・・・・関係無いだろ。」

私は正直言って、驚いた。まさか、返事が返ってくるとは思わなかった。今まで、どんなに話しかけても、無視だったのだ。

「・・・初めてしゃべったね。」

「・・・・・・・・・・・・。」

日吉は、また黙ってしまった。しかし、私はめげずに話しかけた。・・・本当、私のことを鬱陶しがっている日吉の目が、たまらない。

「日吉は、休日とか何してんの?遊んだりしないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・部活がある。」

「へぇー、そうなんだ。何部?」

「・・・・・・・・・・・・・・・テニス部。」

ほー。それでか。私は、なぜ日吉の名を聞いたことがあるのかが、その時やっとわかった。テニス部と言えば、人気者の集まりみたいなもので、中でも、部長の跡部先輩とやらの人気が高いらしい。でも、他のメンバーも結構人気があり、たぶん日吉もその一人なのだろう。だから、聞いたことがあったのだ。・・・だけど、そうなると不思議だ。日吉は私と違って、みんなにちやほやされている側だ。それなら、なぜ人が嫌いなのだろう。

「テニス部なんだー。じゃあ、人気者なんだね、日吉って。」

「・・・・・・・・・テニス部だから、って関係無い。」

日吉はそう言っているけれど、やはり人気があるのだろう。だからこそ、私は彼の名を聞いたことがあり、そして、今このような状況になっているのだ。

「あんた。最近、大人しくしてたのに、ね。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「なんで、日吉君にかまうわけ?」

今、私は久しぶりの「呼び出し」を受けている最中だ。その用件は「日吉にかまうな」ということらしい。面倒なので、適当に話しておこう。

「別にかまってるつもりは、ないんだけど・・・。そう見えるのなら、今後は気をつけるわ。それじゃあ。」

そう言ったけど、案の定、易々と帰してくれるわけがなかった。

「待ちなさいよ!そんなので納得できるわけ、ないでしょ?!」

「・・・・・・・・・・・・(ごもっとも)。」

「あんた。最近、痛い目に遭ってなかったからって、安心して、日吉君としゃべってんじゃないの?」

「あのさ、説教なら短めによろしくね。」

「・・・あんたのそういうところが、ムカツクのよ!」

そう言って、その子は私を殴ろうとしたけど、私はさらりと避けて、言った。

「もう、いいかな。私も、そんなに暇じゃないの。それから、日吉のことだけど。・・・あんたにだって、そんなこと言う権利、ないと思う。以上。」

そのまま私は、ひらひらと手を振り、その場を去った。

・・・暇じゃない、とは言ったけど、実際は今から、予定も何にも無いのよねー。そう思いながら、歩いているとテニスコートが見えた。・・・そうだ、ちょっと覗いて行こう。

「キャー!!跡部先輩!!!」
「跡部様、素敵ー!!」

噂どおり、跡部先輩への声援が1番多かった。しかし、よく聞くと、跡部先輩を入れて、10人ぐらいの名前が聞こえた。その中に日吉が入っていた。テニス部の総人数は200人近くいるらしいから、やはり日吉は人気なのだろう。・・・それならば、なぜ人が嫌いなのだろうか?と考えながら、私は日吉を見ていた。

「・・・・・・・・・!!」

いつも、無表情な日吉がとても真剣な目つきで、ボールを追いかけていた。そして、良いショットが決まると、ほんの少し、嬉しそうな表情をしていた。私は、それを見て、本当に驚いた。・・・・・・そして、それに少し、ときめいてしまった自分にも驚いた。

「あ、あぶない、あぶない。・・・・・・早く、帰ろう。」

私は、すぐに立ち去った。

次の日、なんとなく日吉に話しかけられないまま、私は自分の席についた。
それ以来、私は日吉を妙に意識して、気がつくと目で追っていた。

「・・・・・・ハッ。しまった・・・。」

放課後は放課後で、気がつくと、私はいつもテニスコートの近くまで来ているのだった。そして、いつの間にか、部活を見てから帰るのが、私の日課になっていた。
それで、日吉の印象がまた、変わった。あの無口な日吉が、部活をしている間は、結構しゃべっているのだ。例えば、ピョコピョコ跳ねている向日先輩をからかったり、同い年の鳳君にからかわれていたり。また、部活のことを真剣に跡部先輩と話していたり、サボり常習犯らしい忍足先輩に注意していたり。私は、それを何だか、羨ましいと思った。

何が羨ましいのか。自分も日吉と話したいのだろうか。自分も嬉しそうな表情の日吉を間近で見たいのだろうか。
・・・私は、日吉をどう思っているのだろうか。

もやもやしたまま、私はいつもどおりの生活を続けた。・・・いつもどおり、つまりはみんなに無視をされながら、私は日々を送っていた。すると、放課後、担任の先生に少し残ってくれ、と言われた。

「・・・・・・何の用でしょう、先生。」

「ん?いやー。あのな・・・。先生がどうこう言う問題ではないと思うんだが・・・。」

先生は言いにくそうに話し出した。大体、それで用件はわかった。・・・にしても、「先生がどうこう言う問題ではない」と思っているのなら、言わなければいいのに。

「先生。はっきりとおっしゃってくださって、結構です。むしろ、その方がいいです。」

「・・・あぁ。そうだよな。すまない。それでなんだが・・・。」

なんて、気弱な担任なのだろう・・・。
とにかく、その担任は、その後もその調子で話し続け、ふと気がつくと、もうすぐ最終下校の時間だった。

「先生。もう帰らないと・・・。」

「・・・あぁ。そうだよな。すまない。・・・まぁ、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくれよ。」

「・・・・・・・・・はい。それでは、さようなら。」

誰が、あんたに相談なんてするか、そう思いながら、私は教室を出た。本当に頼れない担任だなー。私が本当に困っていたら、どうするつもりだ。まぁ、困ってないから、よかったけど。
それよりも。今、私はもっと困ったことがある。日吉の存在だ。私は、もうすぐ最終下校の時間だっていうのに、足が自然とテニスコートの方へ向かっていた。

「まぁ、誰もいないだろうから、いいか。」

しかし、私の予想は外れ、テニスコートには、1人、ベンチに座って考え込んでいる人がいた。・・・・・・・・・日吉だった。その表情は、とても悔しそうで、とても不満そうで。私は、そんな日吉を放っておけなかった。

「何してるの?もう、部活終わったでしょ?」

日吉は、私が近づいてきたことにも、気がつかなかったらしく、私が声をかけてから、驚いたようにこちらを向いた。

「・・・・・・・・・あんたか。・・・お前こそ、何してる?」

「私は、今まで、担任と話し合いしてたの。」

「・・・・・・・・・。」

こんな最終下校の時間ギリギリまで、一体何の話をしていたのか、とでも言うように、日吉は私を見た。

「私がいじめられてることについて、話してたんだけど。あの担任、気弱だから、なかなか話の本題に行かなくて・・・。それで、まだ話は終わってないんだけど、無理やり終えてきたの。」

日吉は納得したようだった。

「それで、日吉は?何してるの?」

「・・・・・・関係無いだろ。」

前にもどこかで、言われたことのあるセリフだ。しかし、今回は全くの無関係、というわけではない。

「私は言ったのに?こんな大事な話。」

そう言うと、日吉はほんの少し、こちらを睨んだ。だが、言い分としては、こちらの言い分も正しいだろう。

「・・・・・・・・・正レギュラーから外された。」

私は、最初、何のことだかわからなかったけど、途中で、話してくれているのか、と気がついた。

「滝先輩が宍戸先輩に敗れ、代わりに正レギュラーには俺が入るように、と監督に指示された。やっと、正レギュラーになれた、と思った。・・・それなのに。どういうわけか、それは変更され、正レギュラーには宍戸先輩が入るそうだ。一度負けている、宍戸先輩を入れるなんて、今までの監督にはなかったのに・・・。」

日吉は本当に、悔しそうに言った。私が聞いていることを忘れているのかもしれない。

「でも、それはもうすぐ正レギュラーになれる、ってことじゃない?」

「もうすぐじゃ、遅ぇんだよ!!!!」

私はテニスのことも、このテニス部のことも何も知らないけど、私なりに励まそうとしたのだったが、日吉に怒鳴られてしまった。

「・・・・・・悪い。つい・・・。」

「・・・いいよ。私こそ、何も知らないくせに・・・。・・・知らないついでに聞くけど、どうして『もうすぐ』じゃ駄目なの?『今』じゃないと、駄目なの?」

「・・・俺は、『今』跡部先輩のシングルス1の座を狙っている。・・・・・・だが、先輩は『もうすぐ』引退する。だから、俺が『もうすぐ』正レギュラーになっても、それからじゃ遅いんだ。」

「・・・・・・そうなんだ。」

自分の意思を語る日吉の目は、とても真剣だった。私は、その目に惹かれた。日吉の冷たくて鋭い目も好きだけど、真剣な目も好きになった。

「それなのに・・・。・・・・・・悪い。愚痴を言うつもりは、なかった。」

「いいって!私が無理に聞いたんだから。それに、そんなの愚痴に入らないって。」

私が笑顔で言うと、日吉もほんの少し笑って、こう言った。

「ありがとう。」

「いや!私は、何にもしてないから!」

「・・・そうだな。」

そう日吉は言ったけど、日吉は少し、すっきりしたような顔をしていた。よかった・・・。私、少しでも、日吉の役に立てたのかな。そう思うと、なんだかとても嬉しくなった。

「・・・送る。」

「へ?」

私は、突然言った、日吉の言葉の意味が全くわからなくて、とても間抜けな声を出してしまった。

「時間も時間だ。・・・送ってやる。今、着替えてくるから、そこで待ってろ。」

そう言うと、日吉は走って、部室の方へと向かった。私は、突然すぎて、日吉を止めることさえ、できなかった。・・・このまま、帰ろうかとも思ったけど、それはそれで、悪い気がしたから、日吉の言うとおり、ここで待つことにした。

「・・・その。・・・ありがとう。」

「別に。」

そう言った後、お互いほとんど、話さなかった。私が途中、「日吉の家は、こっちの方向なの?」と聞き、日吉が「あぁ。」と返しただけだ。何を話していいのかもわからないから、そのまま沈黙を続け、家に向かった。

「家、ここだから。・・・本当にありがとう。」

「いや。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

私の家に着いたけど、日吉は帰ろうとはしなかった。

「えっと・・・。」

帰らないのか、と尋ねようとしたとき、日吉が口を開いた。

「・・・俺、あまり人と関わるのは好きじゃない。相談をしたり、されたり。アドバイスをしたり、されたりで支えあうことが面倒だから。だけど、お前はただ相槌をうって、俺の話を聞いていた。それがよかった。・・・・・・感謝してる。」

・・・私的には、「でも、それはもうすぐ正レギュラーになれる、ってことじゃない?」は、アドバイスをしたつもりだったけど、それは日吉が怒ったので、どうやらアドバイスには入っていないらしい。・・・・・・それが良いのか、悪いのか。私は複雑な気持ちになったが、日吉が感謝しているらしいから、よかったことにしておこう。

「その礼に、送った。それだけだ。・・・だから、あまり気にするな。」

「・・・・・・ありがとう。」

「・・・お前も頑張れよ。」

日吉は、そう言った。何に対して「頑張れ」なのかは、あえて聞かなかったけど、「も」ってことは、日吉も諦めず、シングルス1の座を狙って、頑張るってことか。

「うん。日吉も頑張って。影で応援してるから。・・・じゃあね、バイバイ。」

「影で・・・か。・・・・・・じゃあな。」

日吉は、私の「影で応援してる」という表現が気に入ったのか、笑顔でそう言った。その時、私は前と同じように、そんな日吉にときめいた。だけど、あの時のように、自分の気持ちから逃げようとしなかった。私は日吉が好きだ、そう認められた。
鋭くて冷たい目の日吉、真剣な目つきの日吉、嬉しそうな表情の日吉、悔しそうな日吉。・・・そして、笑顔の日吉。私は、いろんな日吉が好きで、いろんな日吉を見ていたいと、そう思った。だけど、やっぱり嬉しそうな表情の方が見ていたいと思った。だから、私が日吉の笑顔を守ろうと、心に誓った。









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またもや、続き物です。
というか、名前変換無くてスミマセン!!一応、理由はあるんです!(後編のあとがきにて)
それに、次は名前変換ありますので・・・。

それにしても、このヒロインは、生意気すぎましたかね(笑)。
いじめって、もう社会問題じゃないですか。なので、そんな問題に立ち向かえる、強いヒロインを書きたかったんですが・・・。
ちょっと、方向がズレちゃいましたね;;本当、いろいろとスミマセン・・・orz