ある部屋の前に立ち、周りに誰も居ないことを確認してから、俺は中に入る。
ここは、倉庫にでも使うつもりだったのか、小さい窓が上の方にあるだけで、昼間でもかなり暗い。だから俺は先に入り、電気を点ける。そして、この室内にも人が居ないかを注意深く見渡した。



「入って来い。」



俺がそう言うと、コイツも辺りを気にしながら、急いで部屋に入って来た。そして、俺も素早くドアを閉め、念のために鍵を閉めた。



「何もない所だが、掃除はしてあるみてぇだから、その辺にテキトーに座ってくれ。」



彼女にそう促しながら、俺はいつも通り、この部屋の奥の壁に凭れ、座り込んだ。



「あの・・・え〜っと・・・・・・大丈夫ですか??」

「何が、だ。」

「こんな所に、勝手に入ったりして・・・・・・。」

「ああ。ここは、俺が1人になりたいときに、よく使っていた部屋だ。どうやら、今も使われていないらしい。だから、安心しろ。」

「でも・・・・・・私はダメですよね??」

「・・・・・・大丈夫だ。バレなきゃ問題ない。さっきだって、上手くいっただろ?」

「そうだ、さっき!!急にあんなことされたら、ビックリするじゃないですか・・・!」

「あんなこと・・・?」

「私が流智さんの後輩、とかそんな無茶な設定、勝手に付けないでくださいよ・・・!焦ります!」



握手会の時のような会話ではなく、こうして自然と話せることが妙に心地良い。
そんな馬鹿げたことを思っていたら、どうやら勝手に口元が緩んでいたらしく、目の前の彼女に怒られてしまう。
・・・・・・でも、そんな一時さえも、俺は待ち望んでいたんだろう。



「あ、今笑いました??もしかして、素人の私が下手な演技をしているところを見て、楽しんでたんですか・・・?!」

「・・・・・・そうだな。でも、意外と上手かったぜ?」

「からかわないでください・・・!」

「いいだろ、上手くいったんだから。帰りも頑張れよ?」

「帰り・・・・・・。」

「まぁ、帰りは誰にも会わない可能性もあるけどな。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・どうした?」

「いえ、その・・・・・・。いつまで、ここに居られるのかな、と思いまして・・・・・・。」



たしかに、コイツの言う通り、ずっとこうして居るわけにもいかない。だから、俺は少しでも確証に近いものを得たいと思ってしまった。



「たしかに、そう長くは居られないだろうな。・・・・・・残念か?」

「そりゃ、そうですよ。もちろん、ここに居させてもらえるだけで有り難いんですけど・・・・・・でも、少しでもお話したいとは思います。贅沢ですけど。」

「この間、握手会で話したばかりなのに、な。」

「そうですね・・・・・・。でも、やっぱり、物足りなかったんです。エンジェルサイドの流智さんだけとお話するのは。流智さんの両面を知れただけでも嬉しいことなのに、知ってしまったがばかりに、両方を見たいと思うようになってしまったんです・・・・・・。やっぱり、贅沢ですよね?」

「そう言うお前も、エンジェルサイドの俺と話すときと、ルシフェルサイドの俺と話すときじゃ、少し違うと思うが?」

「そうですか?・・・・・・でも、そうなのかも知れませんね。だって、エンジェルサイドの流智さんだと、余計に緊張するんですもん。」

「なんでだよ?」

「たぶん、エンジェルサイドの方が気障な言葉も出てくるからじゃないですか?そうそう、この間だって、『もう少し話していたい』とか・・・・・・そんなの、すごくドキドキしちゃいますよ。もちろん、アイドルの決まり文句みたいな物なんでしょうけど。」

「アレは本心で言ったつもりだぜ?」

「またまたー。いいですよ、ルシフェルサイドのときまで、そんなことを仰らなくても。」



確証・・・そんなもの、得られるわけはないか。俺たちは違う世界に住んでるんだからな。いくら俺が本気になろうと、コイツにはそれをわかってもらえないだろう。



「・・・・・・まぁ、いい。で、お前は物足りなくて、今日もここに来たのか?それとも、他に何か目的でもあったのか?」

「他の目的なんて無いですよ。流智さんにお会いできたらいいなぁーって思って、今日は1人で来ました。・・・まさか、本当にお会いできるとは思ってませんでしたけど。」



それでも、コイツにそんなことを言われると、否でも心が躍るような、そんな期待をしてしまう。だから、それを確証に変えたいと考えてしまう。無駄だとわかっていても、それを抑えることはできなかった。



「本当に、運の良い奴だな。俺だって、今日はたまたま来てただけで、しかも、特に用も無かったから、こうしてお前と話す時間もあるが・・・・・・。普通なら、こんなに上手くいくわけねぇからな。ここに来たって、誰にも会えないことの方が多いわけだし・・・。」

「はい、わかってます。だから、私って本当に強運の持ち主ですよね。以前も迷った私を助けてくださったのが、私の大好きな流智さんで。しかも、その流智さんのプライベートも知れて。・・・・・・これは、強運と言うより・・・、今、これからの運を全て使い果たしているだけかも。」



嬉しそうに話す彼女を見て、俺は1つの考えが浮かぶ。
わかっている。そんなことはない、ありえないと。でも、どうしても、それを止めることができなかった。



「あるいは、運命かもな。」

「運命?」

「前に俺とお前が会ったことも、俺がお前にうっかりルシフェルサイドを見せちまったことも、そして、ここで偶然再会できたことも。」

「だ、だから、止めてくださいよ・・・!ルシフェルサイドでの気障な台詞は、そういうイメージが少ないだけに、余計・・・・・・!!」

「気障で言ってるわけじゃねぇ。そうであればいいと思っただけだ。」

「流智さん・・・・・・??」



俺の可笑しな発言、変なトーンに、さすがにふざけて言っているわけじゃないとはわかってくれたらしい。俺の目の前で、一応ちゃんと話を聞こうと神妙な態度にしているように見えた。



「偶然なんかじゃなく、運命で決められているのだとしたら、これからだって会えるかも知れないだろ?誰かに決め付けられるなんて、好きじゃねぇけど。でも、またお前に会えるのなら、それに縋ってもいい。」

「流智さん・・・。それなら、私だって縋りたいです。二度あることは三度あると信じたいです。」



後半は冗談のように少し笑いながら言っているものの、いつもとは違った真剣な表情でそう言ってくれた。



「そうか・・・・・・・。じゃあ、運命なんて不確定なものだけじゃなく、ちゃんと確実なものにも頼るか。」



俺はそう言いながら、携帯電話を取り出す。・・・・・・全く、こんなこと、仕事柄しちゃいけねぇんだけど。でも、俺だって1人の人間だ。アイドルだろうが、感情はある。



「いいんですか?」

「お前が悪用でもしない限りな。」

「しませんってば!!」

「ありがとう。」

「い、いえ・・・。こちらこそ。ありがとうございます。」



こんなひょんなことで親しくなった俺たちだったが、その後仲を深め、互いにとって相手が掛け替えのない存在になるのに、そう時間はかからなかった。



「やっぱり、俺たちは運命の赤い糸でつながっていたのかもな。」

「そんなダサイことを言ってるから、流智さんは人気が出ないんですよ。」

「・・・・・・。つーか、、お前キャラ変わったよな・・・。」

「流智さんに言われたくないです。まぁ、そんな風にキャラ分けしても、人気が出ないものは出ないんですけど。」

「なっ・・・!!で、でも!彼女にとっちゃあ、彼氏の人気が低い方が安心なんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!人気出て、将来は1人でもやって行ける!ぐらいじゃないと困ります。そうでなくても、アイドルなんて不安定な職業なんですから・・・。人気者になって、私を安心させてください。」

、それって、つまり結こ・・・・・・。」

「それに。私、流智さんのこと、信用してますから。」



彼女のエンジェルサイドの・・・いや、心からの笑顔に、思わず鼓動が速まる。こんなを幸せにするために、俺も頑張ろうと決意した。
でもが居てくれれば人気が出なくてもいい、なんて俺らしくもないことを一瞬でも思ってしまったのは、ここだけの話だ。









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偶然にも、原作最終話の流智さんの最後・・・いや、最期??とにかく、“さいご”の台詞と繋がる終わり方で嬉しかったです!!(笑)本当、偶然なんですよね〜!これぞ、まさしく愛だ!!・・・・・・って、どこかで聞いたことのある言葉・・・(笑)。
何はともあれ、最終話です。ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました!!

最後に、タイトルについて・・・。
『thank my stars』は、成句で「運がよかったと感謝する」という意味になるみたいです。ただ、普通に訳せば「ありがとう、私のスターたち」とも取れると思うので、「スターたち(複数)=エンジェルサイド&ルシフェルサイドの流智さん」って意味もあったり・・・(笑)。

('10/04/15)