笹塚さんは現場近くにはいらっしゃらず、その先の角を曲がった少し先で、電話をなさっていた。おそらく、今回の事件がシックス絡みではなかったことを笛吹さんに報告されているのだと思う。
笛吹さんはとても頭が良い人で、偉い人らしい。そのため、他の人よりも忙しいみたいで、私もほとんどお会いしたことがない。
とにかく、そんな真面目な電話を邪魔してはいけないと思い、電話の内容が聞こえないぐらいの場所で、私は待っていた。そこで、笹塚さんの背中を見て、やっぱり好きだなぁと思うと同時に、笹塚さんは御仕事中なんだと、あらためて気付いて反省した。
・・・帰るという挨拶はするにしても、浮かれた気分じゃダメだ。そう言い聞かせ、姿勢を正した。
そうしていると、笹塚さんが電話を終え、こちらへ戻ってこられた。
「ちゃん・・・。」
私の姿を見つけ、笹塚さんは少し驚いた様子だった。・・・・・・たぶん。いつもと、あまり変わらないけれど、きっと、そうだと思う。
「あの、今日もお邪魔しました。私たちは、これで失礼しますね。また、この事件関連のことなどで御用がありましたら、いつでも御連絡ください。それでは。」
本当に挨拶だけをしようと思って、私はそう言って一礼し、戻ろうとした。けれど、なぜか少し深刻そうな表情をした笹塚さんに呼び止められてしまった。
「ちゃん。」
「・・・はい。」
「・・・・・・頼むから、もう事件には関わらないでくれ。」
突然のことで驚いたけれど、私は自分にできることを考えて、こうして事件に関わってきているんだ。それを変えようとは思わない。それに・・・。
「以前もお話しましたように、これが私のできることだと思っているので、事件に関わらないことは無理です。・・・それに、私はこうして笹塚さんとお話できることも、楽しいと思っているんです。」
それは、とても不純で、我が儘で、不真面目な理由だ。だけど、やっぱり笹塚さんにお会いしたいとも思ってしまう。事件に関わりたいと思う理由が2つもあるのに、やめることはできませんよ。
そう考えている間に、笹塚さんは私の方へと近寄り、最終的に、笹塚さんは両手で私の両肩をつかんだ。そして、笹塚さんの顔が近付き・・・、私の唇に何かの感触を与えた。
「もう俺に近寄らないでくれ・・・。」
そう仰って、笹塚さんは現場の方へと行ってしまわれた。
・・・今のって・・・キス?!!と思いつつ、慌てて後ろを振り返ると、そこに笹塚さんの姿は既になく、私の周囲に笹塚さんがいつも吸っている煙草の匂いが残っているだけだった。
だけど。笹塚さんに言われたことは、「近寄るな」。さっき、自分からあんなにも近くにいらっしゃったくせに、今度は「近寄るな」なんて・・・。言葉と行動が矛盾してませんか・・・?
とても複雑な思いだったけれど、なるべく誰にも悟られぬよう平静を装い、弥子ちゃんたちのところへ戻った。・・・でも、さすが弥子ちゃん。
「ちゃん、どうしたの?」
「え??何が?」
「笹塚さんと何かあった?」
弥子ちゃんは観察力が優れていると言うか、人の気持ちを読めると言うか・・・。何にせよ、すっかりお見通しみたい。そんな弥子ちゃんに、私はさっさと白旗を揚げた。
「ん〜・・・。ちょっと今、悩んでるから、事務所に着くまでに話をまとめてから話すね。」
「・・・わかった。」
「ありがとう、弥子ちゃん。」
お礼を言われることなんてしてないよ、と弥子ちゃんは返してくれたけど。私はやっぱり弥子ちゃんが好きで、弥子ちゃんには感謝してる。もちろん、弥子ちゃんの食べっぷりも好きだけど、こうした弥子ちゃんの人間性みたいなものがとても素敵なんだ。だから、偶然再会できて、今も探偵業のお手伝いをできるのは、とても嬉しいんだ。
そして、そのおかげで、笹塚さんに出逢えたことも嬉しくて。そう思うほど、今の私にとっては、笹塚さんも弥子ちゃんのように大きな存在。だから、2度と会えなくなるのは嫌。もし、笹塚さんに嫌われてるのなら、まだ仕方がないと思えるかもしれないけれど。あんなことをされたってことは、嫌われてはいないんだと思う。だったら、私は・・・諦めない。
そう決心し、そのことも踏まえて、事務所で弥子ちゃんに事情を説明することにした。
「・・・聞いてもいい?」
「うん。もう大丈夫。」
「で・・・、何かあったの?」
「実は・・・キスされたの。」
「えぇ?!!笹塚さんに??!・・・意外と大胆なんだなぁ。」
「でも、もう俺に近寄るなって言われたの。」
「え・・・。どうして?」
「もう事件に関わらないでくれって。」
「あぁ、なるほど・・・。笹塚さん、ちゃんのことを心配して、そう言ってくれたんだね。」
「うん、そうみたい。」
「それで、ちゃんはどうするの・・・?もう、事件には関わらないようにするの?」
「ううん。私は、自分にできることを探して、ここに居る。だから、その考えを曲げるつもりはないし、笹塚さんにだって会いたいもん。」
「・・・うん。そうだよね!私も応援するよ、ちゃん。(それに、どうせネウロの奴に、無理矢理連れて行かれるだろうしね。)」
最後は小声で言ったにも関わらず、弥子ちゃんの発言はネウロさんに聞かれていたらしく、いつも通り、弥子ちゃんとネウロさんが楽しそうに戯れていた。(ちゃん?!!楽しそうにしてるのは、ネウロだけだからね??!ネウロが私を玩具にしてるだけだから!!)(えー?嫌だなぁ、先生。僕は先生を玩具になんてしませんよー。)(なんで、今更猫被ってんの?!もうちゃんにもバレてるじゃない!!)(では、いつもの我輩に戻ってやろう。そうなったら、弥子。貴様がどうなるかわかっているだろうな・・・?)((よ、余計なこと言うんじゃなかった・・・!!))
うん、応援ありがとうね、弥子ちゃん!(ちゃん・・・!!お願いだから、スルーしないで・・・!!!って言うか、私が困ってるって、本当に気付いてないんだよね・・・。相変わらず、ちゃんは、鈍いところがある・・・。でも、そんなところも好きだよ。だから、とりあえず・・・、ネウロをどうにかして・・・!!!)(諦めろ、弥子?)
そして、別の日。私たちはまた事件現場へ向かうことになった。そこで、笹塚さんと再会したんだけれど。笹塚さんは、私たちの姿を見つけると、少し驚き、その後ため息を吐いていらっしゃった。でも、ただそれだけで、怒られたりはしなかった。
今回の事件も“小さな謎”だったようで、笹塚さんとは一言も交わさないうちに、ネウロさんがあっさりと解決された。
「弥子ちゃん。今日は、先に帰ってて。私、ちょっと笹塚さんとお話してくる。」
「・・・うん、わかった。笹塚さんに認めてもらえるといいね。」
「うん、そうだね!ありがとう。」
事件解決後も、笹塚さんはお忙しいとは思う。でも、やっぱりちゃんと話をしたい。この間は突然すぎて、ほとんど何も言えなかったから。
そんなわけで、今日は弥子ちゃんとネウロさんには先に帰っていただき、私は笹塚さんのところへ行った。
「・・・あの、笹塚さん。一段落つきましたら、少しお時間いただけませんか?」
「・・・・・・・・・・・・今、大丈夫だ。それに・・・俺も話がある。・・・場所、変えてもいいか?」
「はい。」
笹塚さんはそう言ってくださったけど・・・。口調がいつもと違った。やっぱり、怒られるのかな・・・。
たとえ、そうだとしても!ちゃんと自分の考えも伝えなくちゃ。そう自分を鼓舞しながら、私は笹塚さんの後をついて行った。
「・・・この辺りまで来ればいいか。」
私たちが来たのは、もちろん現場からは少し離れた場所で、前みたいに人通りも少ない道だった。そこで、笹塚さんは振り返って、私の方を見た。
「ちゃん。この間のことなんだけど・・・急にあんなことをして悪かった。」
あんなこと、と言うのは、キスのことだろうか。・・・そんなの全く気にしていない。逆に、笹塚さんは私のことをどう想ってくださっているのだろうとか、そういう意味では気になるけど。でも、嫌だったとかは思ってないわけで。むしろ、笹塚さんのことが好きな私としては嬉しいことだ。・・・と言うのは恥ずかしすぎる。こうやって考えたり思い出したりしてる時点でも、かなり恥ずかしいのに。
というわけで、結局、私はそこをさらりと流すことにした!
「いえ、大丈夫です。そんなことより!そのときの話ですが。やっぱり、私は全く事件に関わらないことは無理です。」
「・・・でも、これからはシックスの事件も起こるだろう。そんなところに、ちゃんを行かせたくはない。」
「笹塚さんに心配していただけるのは、とても嬉しいですし、有り難いと思っています。・・・でも。やっぱり、自分でやると決めたことですから。それに、無茶はしないつもりです。」
「ちゃんが無茶をしなくても、事件に関われば、危険な目に遭う可能性は増えるんだ。だから・・・頼む・・・。」
そこまで言うと、笹塚さんは少し寂しげな表情をなさった。
「もう・・・、失いたくはないんだ・・・。」
その声は、いつもの笹塚さんとは少し違った。その少ししか変わらなかったことが、より笹塚さんの悲痛な気持ちを伝えているようだった。
・・・『もう』と言うのは、以前、笹塚さんは家族を失ったことがあるから。それは、気持ちを抑えようとしても、どうしても表情や声に表れてしまうほどの切なさと悲しさと悔しさと、・・・。様々な思いがあることだろう。いつも冷静な笹塚さんでさえ、こんな調子になってしまうほど・・・。
でも、そんな大切な家族と並べていただけるというのは、私も笹塚さんにとって特別な存在だと考えてもいいんでしょうか。もしそうなら、私はすごく嬉しい。それこそ、危険な目に遭ってしまってもいいと思えるぐらいに。・・・それぐらい、私にとって笹塚さんは特別な人なんです。
「私だって同じです。笹塚さんを失いたくありません。だから、笹塚さんに無茶をしてほしくないですし、事件にだって深く関わらないでほしいと思います。でも、笹塚さんはそれが御仕事だから無理だというのはわかっています。笹塚さんが危険な事件に関わることも仕方がないと思います。でも、笹塚さんは事件に関わってるのに、私は一切関わっちゃいけないなんて、ずるいじゃないですか。たしかに、私は事件に関わることが仕事じゃないし、誰かに義務付けられてるわけじゃないですけど・・・。」
それでも、少しでもお傍にいたい・・・。それが子供染みた我が儘だってこともわかってる。でも・・・。
「私も事件に関われば、笹塚さんがどんな状況なのかが少しでもわかります。そうすれば、笹塚さんが危ない目に遭ってるんじゃないかって心配も少しぐらいは減ります。それに、もし危なければ、自分が盾になることも・・・。」
「それは『無茶する』に入ると思うけど?」
・・・・・・たしかに。それじゃ、『無茶はしない』って約束を守れてないってことになる。そうすれば、笹塚さんに余計「事件には関わるな」って言われそうだ・・・。ここは、折れたら負けだ・・・!
「無茶じゃないです。笹塚さんを守るためです。」
「ちゃんに守られたくはないな。」
まぁ、そうか。こんな女子高生に守られる警察官って、情けないもんね・・・。
「でも・・・。俺が守ることはできる、か・・・。」
「笹塚さん・・・?」
「本当は、何があってもちゃんに事件に関わるな、俺に近寄るなと言うべきなんだろうけど・・・。ちゃんの意志は固そうだし。何を言っても無駄なように思えてきた・・・。」
「はい、無駄です。諦めてください、笹塚さん。」
ここは勝負どころだと思い、私は畳み掛けるように、笑顔でそう言った。すると、笹塚さんは煙草を吸い、ため息と同時にそれを吐き出した。
「・・・わかった。これからも、弥子ちゃんと・・・ネウロだっけ。まぁ、あの2人と来なよ。」
「はい!ありがとうございます!」
「ただし。弥子ちゃんも、だけど。無茶はしないように。」
もちろん、それも約束したいけれど・・・。たぶん、ネウロさんが無茶もさせちゃう気がする。でも、ネウロさんの本性をまだ知らない笹塚さんには言えないので。
「はい、わかってます!それに、ネウロさんもいますから。大丈夫ですよ。いざとなったら、ネウロさんにも助けてもらいます。」
ということにしておこう!・・・って、これって普通だよね??魔人ということを知らなくても、ネウロさんは私たちより立派な大人。その人に頼るって、当たり前のはず。・・・それなのに、笹塚さんは何かを考えていらっしゃるようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・どうせなら、そこはネウロじゃなく、俺が助けてやりたいんだけど。」
「??」
「・・・・・・何でもない。それじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るから。」
「あ、はい!お時間をいただき、ありがとうございました!!」
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――ということがあったと、事務所に戻ってきたちゃんが説明してくれた。
「ちゃん・・・。笹塚さんの気持ちも考えてあげようよ・・・。」
「え??何が・・・??」
「いや、いいよ。そんなところもちゃんの良いところだから。」
何もわかっていないらしいちゃんの頭を、私はよしよしと撫でておいた。
それにしても、本当に気がつかないのかなぁ。笹塚さんが「俺が守ってやりたい」と言ったのは、ネウロに対する嫉妬心だと思うんだけど。・・・・・・うん、完全にちゃんの頭の上には、疑問符が並んでるって感じだね・・・。
「とりあえず、これで一件落着だね。笹塚さんとも、晴れて恋人同士になれたってわけで・・・。」
「ええぇぇぇ??!!!そうなるの???!!!」
「・・・そうなるんじゃないの?」
「だ、だって、そういう話はしてないし・・・!!!」
「それでも、お互い気持ちがわかったわけだし。」
「だとしても・・・!!!!」
とても焦ってるちゃんが可愛くて、私はもうしばらくからかうことにした。・・・これで、私がネウロにからかわれて困ってるってこともわかってくれればいいなぁ、なんて願いつつ。
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最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!!そして、結局笹塚さんとの絡みが少なくて、申し訳ございませんでした・・・!!!
笹塚さんの口調は特に難しかったです・・・。なので、全然会話シーンが書けず、結果絡みが少なくなってしまいました・・・;;
とりあえず、私なりに最後まで頑張りました!
あと、弥子ちゃん好きの私としては、弥子ちゃんとの絡みも、もっと増やしたかったです(笑)。弥子ちゃんとネウロさんの絡みも、もっと書きたかったですね!
ところで。ネウロさんが弥子ちゃんを虐めて・・・弥子ちゃんと戯れていらっしゃるとき、あかねちゃんって、どうしてるんでしょう・・・?それが今回、ちょっと気になりました(笑)。
('08/08/07)