私の小学校卒業後、私たち家族は大阪に引っ越しをした。だから、1年の春からちゃんと、ここ四天宝寺中学校に通っている。でも、それを私はすぐに後悔した。どうして、こんな訳のわからない乗りの学校に来てしまったのだろうと。そして、せめて部活だけでも楽しもうとテニス部のマネージャーになったけど・・・その選択も大きな過ちだった。
たしかに、見た目はカッコイイ人たちが多いから、それだけで羨ましがる人もいる。だけど、実際にはこの学校の奇人、変人を選りすぐったようなメンバーたちである・・・。でも、今更無責任に辞めるわけにもいかないし、テニスが好きなことには変わりないから、一応は続けている。しかも、何故だか部員の一人に気に入られてしまい、部長と副部長からも辞めないでほしいと言われてしまった。
そこまで言われて、辞めるわけにはいかない。本当はあまり嬉しくないんだけど・・・。
「ー!ご飯一緒に食べへん?」
と言うか・・・部活中ならともかく!どうして、お昼休みまで面倒見なきゃいけないわけ?!・・・と、思わずイライラしてしまったのは、その原因である同い年の遠山くんが私のクラスへやって来たからだ。
全く・・・いい加減にしてほしい。たとえ部活が同じでも、クラスの違う遠山くんが私を迎えに来るなんて、何かを言われたって仕方の無い状況なんだ。・・・特に、私たちぐらいの年代なら。
当然ながら、そんな気など私には全く無い。どうして、イライラする相手とそんな特別な仲にならなくてはならないのか。・・・そう思われるだけでも、腹立たしい。
だから、本当は「食べない」とはっきり言って断りたいぐらいだ。・・・でも、前にそう言ったとき、遠山くんは「えぇー?!一緒に食べようやー!」などと言って、余計に面倒だったので、今では素直に頷くことにしている。ただ、遠山くんも私が乗り気ではないとわかったらしく、一時は先輩方の誰かを誘うこともあった。でも、それはそれで私が妙に緊張してしまうので、結局は2人で食べることになった。
「はぁ・・・。わかってるよ。」
そして、それは今日も同じ。・・・そう考えると、思わず溜め息が出てしまって、またテンションの低い返答をしてしまった。でも、悪いのは遠山くんなんだからね。
と自分に言い聞かせた。・・・と言うのも、あんなに元気な遠山くんが私の返事に対して、時々落ち込むような表情を見せるからだ。何も、私も血も涙もない極悪人ではない。いくら気に食わない相手とは言え、そんな態度を見たら罪悪感を覚えないわけがない。
あぁ!どうして、私がこんな奴のために少しでも頭を悩ませなきゃならないのかな?!とまた怒りが蘇ってきたのは、既に遠山くんの機嫌がすっかり元に戻ってしまったからだ。
「さっき、ワイのクラスでなー!――」
遠山くんが楽しそうに話しているのをほぼ聞き流す。遠山くんはずっと喋っていたり、かと思ったら、私に質問攻めをしたりと、とにかく忙しいのであまり真剣に相手をしない方がいいと悟ったのだ。
・・・でも、もちろんそれも、何も感じないわけではない。本当にこれでいいのかな、と心配に思うこともある。
私がこんなだから、先輩方も遠山くんの世話を押し付けたのかもしれない。・・・先輩方はそんなつもりではないと思うけど。
「――って、うわ!もうこんな時間か!そろそろ戻らなアカンな。今日もおーきに。めっちゃ楽しかったわ!また気が向いたら、一緒に食べたってな〜?」
ニカッと元気よく笑ってみせた遠山くんに、また私は冷たく言い放つ。
「楽しかった?私がこんな態度でも?」
だって、私は全然楽しくなんかないんだもの。だから、ついついこんな意地悪を言ってしまう。それでも遠山くんは気にしていないのか、それとも、その程度で落ち込んでいられないとでも思っているのか、まだ笑顔のまま言った。
「そら、にも楽しんでほしいけど・・・。ワイ自身は大好きなと一緒に居れるだけで、めーっちゃ楽しいで?」
・・・どうして、こんなにも素直に言えるんだろうか。もちろん、この好意は恋愛感情ではないだろうけど。それにしても、はっきり言える人は珍しいと思う。だから、変な噂などが立てられてしまうんだ。
「ほな、また部活でなー!」
そう言いながら、遠山くんは手をブンブンと振って自分の教室へと帰って行った。
はぁ・・・。また部活でも会っちゃうのか・・・。私にはそんな風にしか思えなくて、軽く落ち込む。もちろん、テニスは好きだから、部活の時間は楽しみだけど。
うんうん、気持ちを切り替えなくちゃ!次の授業も頑張ろうっと。次の授業は・・・・・・家庭科!調理実習だった!!ちょうど、昼食後だからデザートとして、今日はお菓子作りだったんだ。楽しみ、楽しみ!準備をして、早速家庭科室へ向かおう。
そして実習後、美味しく食べていたわけだけど・・・。全部、自分で食べるには少し多かった。だって、さっきお昼ご飯を食べたところだもんね。次の時間の方がよかったのかも・・・なんて、今更どうにもならないことを考えながら、先生が配ってくれた袋に残った分を入れていた。
そんなとき、何人かの女子が綺麗にラッピングしていた。・・・自分で袋を持ってきたんだろうか。計画性のある子ばかりだなぁと思っていたけど。どうやら、その子たちの話から察するに、気になる男の子に渡そうとしているらしい。
・・・なるほど。だったら、先生から貰った、ただのビニール袋ではあまり格好がつかない、ということか。それでも、やっぱり計画性があると思った。私なんて、全部自分で食べられると思っていた・・・。まぁ、帰ってから食べればいいか。あるいは、部活前に・・・と考えて、ふと1人の顔が浮かんだ。
いやいや。ないない。たしかに、喜びそうだけど。私があげる義理は無い。そう思って、授業後、教室に帰・・・・・・っている途中。
「うわ〜・・・!めっちゃ、ええ匂いするぅ!!」
・・・嫌な予感。そして、見事に的中。
廊下では、例の遠山くんが大はしゃぎしていた。さらに、私を見つけてすぐさま駆け寄ってきた。
「あ!や!!調理実習やったん??なぁなぁ、何作っとったん?」
「カップケ・・・」
カップケーキだ、と答えようとしたのに、遠山くんはそれを遮り、私のすごく近くに寄った。
・・・もう、若干慣れつつある自分が悲しい。
「からも美味そうな匂いしてるわ〜!」
本当、遠山くんって野生的よね・・・。嗅覚で、私がケーキを持っていることに気が付くんだから・・・。
だけど、それを正直に教えてしまうのは嫌だった。だって、このままだと遠山くんにあげなきゃいけなくなるだろうから。・・・別に、どうしても私が食べたいというわけじゃないけど。さっき、浮かんだ顔にそのまま渡してしまうのは、すごく癪だった。
「まぁ、さっきまで作ってたからね。」
「んで?余った分とか無いん??」
「無い。」
「嘘やん!だって、もめっちゃ美味そうな匂いが・・・。」
「だから言ったでしょ。さっきまで作ってたから、って。今行けば、家庭科室だって、この匂いで満たされてるわよ。」
「うう・・・。」
またしても、胸が痛む。・・・本当、そういう悲しそうな顔は止めてよね。むしろ、泣きそうな顔と言うか・・・。
・・・はぁ、もう仕方ない。私が諦めて、自分のポケットから取り出そうとしたとき。
「あの・・・。遠山くん。うちのでよかったら・・・。」
そう言いながら、私のクラスの女子が遠山くんにカップケーキを差し出していた。・・・綺麗なラッピング付きで。
「えぇー?!ホンマにええん??」
その子は遠山くんの問いに、恥ずかしそうに頷いた。・・・それも当然だろう。何てったって、自分で用意した袋に入れた物をあげるぐらいなのだから。
「おーきに!!」
「ううん!こっちこそ貰ってくれてありがとう!1人じゃ食べきれへんなぁ、って思ってたとこやから・・・。」
あくまで、偶然あげると言うわけか。・・・健気ねぇ〜なんて思いながら、私はその場を去った。
「よかったね、遠山くん。それじゃ・・・。」
「あ、!・・・ワイは何個でも食べれるから、渡す気になったら言うてや〜!!」
そんな声を背中に受けながら。
渡す気って・・・まるで、私が食い意地張ってるみたいじゃない!!
と思ったけど、今更引き返すのも馬鹿みたいで、そのまま無視して教室に戻った。
教室に着いても、まだイライラしていた。
・・・何よ、誰からのでもよかったんじゃない。
そんな風に心の中で愚痴をこぼせば・・・・・・・・・・・・って、それは変でしょ。
口には出さなくても、ぼやきを考えることで少しは不満が解消されるかもしれないと、私は思った。だけど、実際に出てきた言葉に対して、今度はモヤモヤとしてしまった。
だって・・・。今のじゃ、まるで・・・私が嫉妬しているみたいじゃない。
そうじゃなくて、遠山くんがいつも私に好きだとか言うから、不満に感じただけじゃないの?私にそんなことを言うくせに・・・って。
なんて言い訳を考えるけど、それはすぐに否定された。私は遠山くんの発言を恋愛感情などとは思っていなかった。つまり、それを特別な言葉だとは思っていなかったんだ。それなのに、そんなことを思うわけない。
じゃあ、私はやっぱり・・・嫉妬を?それは・・・私が遠山くんを好きだから??
認めたくない。絶対に認めたくはない。あんなに私をイライラさせる存在なのに!
・・・でも、それが他の人にはない特別な感情であることは確か。だからと言って、それが恋愛感情なわけはない!・・・と言い切れないのが現実だった。
何となく、気になる。だからこそ、放っておけなかった。
きっと私は・・・・・・と、有耶無耶を抱えながら、放課後を迎えた。正直、部活に行くのが躊躇われる。だけど、マネージャーの私が遅れるわけにはいかないと、重い足取りで部室に向かった。
一応、さっき作ったカップケーキは残してある。・・・でも、帰ってから自分でも食べられるし。なんて、誰に向かってなのか、よくわからない言い訳を考えながら部室に入ろうとすると、中から声が聞こえてきた。・・・それもよく聞き覚えのある声。
「しーらーいーしー!!!!」
「何や、金ちゃん。荒れとんなぁ?」
「なぁ、ワイどうしたらええん??」
どうやら、既に白石部長と遠山くんが来ているらしい。だったら、早く入らなければ!とも思ったけど、やっぱり遠山くんに会うのは気まずくて、しばらくそこで立ち往生していた。
「何を、や?」
「そんなん決まってるやろー!!のこと!!」
・・・しかも、どうやら私の話らしい。これで、余計に入りづらくなった。
盗み聞きするのも悪いけど・・・他に行く所も見当たらず、結局私はその場に立ち尽くしていた。
「あぁ、な。・・・で、がどないしたん。」
「ワイ・・・に嫌われてるんやろか・・・?」
「金ちゃん、今にも泣きそうな顔しとるなぁ。」
「な、泣いてへんわ!!・・・そやけど、それぐらい悲しいとは思ってる。」
いつになく不機嫌そうな声。やっぱり、子供みたいだと思うけど・・・それは私の所為らしい。
「まぁ、安心しぃ、金ちゃん。も金ちゃんのこと嫌いやったら、最初から面倒なんて見ーひんやろう。」
「それは白石たちが頼んだからやろ?」
「初めは、な。そやけど、それを断らずにずっと続けてる。そんなん嫌いやったら無理やと思うで?」
「でも、はワイと居るとき、いっつも不機嫌そうな顔してるんやで?さっきも・・・。」
「さっき、なんかあったんか?」
「うん。調理実習で作ったケーキくれへんかった。」
「・・・なんや、それ。」
白石部長の呆れた声が聞こえた。
もっともだ。どうして、カップケーキをあげなかったぐらいで不機嫌だと言われなきゃならないのか。・・・実際、たしかに不機嫌だったけども。
「だってー!他の子はみんなくれたんやで?!それやのに、だけ・・・。」
「ちょお待ち、金ちゃん。」
「な、何や、突然・・・。」
「他の子には貰たんか?」
「うん。」
「そこには?」
「居ったで。最初の1人から貰たときに。」
聞こえたわけじゃないけど、白石部長が溜め息を吐いた様子が浮かんだ。・・・白石部長はさすが、よくわかってらっしゃる・・・私本人以上に私の気持ちを。
「それがアカンのや、金ちゃん。」
「なんでー?」
「・・・じゃあ、聞くけど。金ちゃんは、誰が作っててもええから、とにかくケーキが欲しかったんか?」
「そんなわけないやん!からのが1番欲しいに決まってる!!そやから、くれんくてショックやったって言うてるんやんかー・・・!」
また駄々をこねる子供のように叫び出した遠山くん。そんな声を聞いていたら、ふと目の前の扉が開いた。
マズイ!と思ったけど、もう遅い。扉の向こうから白石部長が声をかけた。
「・・・ということらしいわ、。」
「き、気付いてらしたんですか・・・?!」
「まぁな。」
「あっ・・・!!!」
その様子をさらに後ろから見ていた遠山くんが、私に気付いて大きな声を出した。でも、やっぱり遠山くんも少し気まずいのか、それ以上何も言うことはなかった。・・・と言うか、その前に、白石部長が先に仰ったから、だ。
「ほな、とりあえず、は中に入って・・・・・・あとは、若いモン同士で。」
そして、私たちは部室に2人きりにされてしまった。
・・・いやいや!若いモンって!!2歳しか差はありませんよ?!
とでもツッコむべきだったろう、四天宝寺の生徒としては。いや、四天宝寺でなくても、何かしらは言うべきだったと思う。だけど、私にも遠山くんにも、そんな余裕は無かった。
私は気まずくて何も言えないと思っていたけど、どうやら遠山くんはそうではなかったらしく、また悲しそうな目でこちらを見ながら言った。
「・・・・・・はワイのこと・・・嫌いやないん?」
「・・・うん。」
それに気圧されて・・・というわけじゃないけど、私は素直に肯定の意を示した。それだけで、遠山くんの顔がパッと明るくなった。
そんな遠山くんを見て、少し嬉しいなんて思ってしまった私はやっぱり・・・彼を特別に想ってしまっているんだろう。かなり不覚ではあるけれど。
「よかったぁー・・・!ワイ、それが聞けただけでも、めっちゃ嬉しいわ!!もうケーキも諦める!」
たとえ不覚であっても、そうなってしまったものは仕方がない。だから・・・と、私は持って来ていたカップケーキを差し出した。
「諦めなくていいよ。あげるから。」
「・・・ワイが貰てええん?」
「いいよ。だって・・・私が作ったやつを食べてみたいんでしょう?」
「食べてみたい、やなくて、食べたいんや!」
「一緒でしょ?」
「一緒やない!!食べてみたい、なんて軽い気持ちやないもん。ワイはどーしても、が作ったやつを食べたいんや!」
「どうして?」
勢い良く言い切る遠山くんに、私はすぐさま質問を返した。・・・それほど気になったんだろう。
そして、それと同じぐらい素早く、遠山くんは即座に答えた。
「そんなん決まっとるやろ。ワイは誰よりものことがめーっちゃ好きやからや!」
・・・しかも、満面の笑み付き。こんなにも特別扱いされといて・・・これ以上、何の文句があると言うのだろう。
「私も嫌いなんかじゃない。・・・遠山くんのこと、大好きだよ。」
そう返せば、遠山くんが飛び切りの笑顔を見せてくれ、そして私に駆け寄り、勢いよくガバッと抱き着いてきた。
やっぱり子供みたいだな、とか。・・・ちょっと、力強すぎるよ・・・・・・!!とか。いろいろ思うことはあったけど。
遠山くんの喜んでる姿を見れて良かった、って気持ちが1番大きかった。
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初の遠山夢!いやぁ、まさか金ちゃんを書くとは・・・!自分でもビックリです(笑)。
私、昔は全然好きじゃなかったんですよー。だって、うるさいじゃないですか(苦笑)。何となく、「関西人を馬鹿にしてんのかー!」って感じだったんですけど・・・。でも、OVAで桜乃ちゃんのおにぎりを食べているシーンを見て、「そういや、ええ子やったな」って思い出したわけです。その後は、もう何もかもが良く見えて・・・(←単純/笑)。今では大好きなキャラです。本当いい子です。あと、100曲マラソンの影響もあると思います(笑)。
その上、以前書いた白石夢(『be led away』)で金ちゃんを書くのが楽しくて、「じゃあ、もういっそメインで書いちゃえ!」って感じで、この作品に至りました。
本当、楽しかったです。なので、気付いたらどんどん長くなって・・・(汗)。オチが大変でした(←いつものこと・・・/苦笑)。
とにかく。出来はどうあれ(←)、また書きたいって思えるぐらい、私は書いてて楽しかったです!
('09/09/17)