私は、ものすごい勢いで走っていた。これでタイムを計ったら、自己新記録が出るかもしれない。だけど、自己新記録が出るなんて、どうでもよかった。早く、あの人の所へ行きたい、それだけだった。
ドン!!!!
「す、すいません・・・!」
必死に走っていたから、横から人が来ているのに気付かず、ものすごい勢いでぶつかってしまった。
「てめぇ、どこ見てんだ?!」
「すいません!・・・あの急いでいるので・・・・・・!」
そう言って、その場から立ち去ろうとしたけど、その人に腕をつかまれてしまった。
「お前、その制服・・・。うちのじゃねぇな。」
私が着ているのは、青学の服。だけど、ここは氷帝学園だ。
「青春学園の者です・・・。・・・それでは。」
そう言ったけど、やはり、その人はつかんだ腕を放さなかった。
「ちょっと待て。青学の奴が、ここに何の用だ。」
ここは素直に言うしかない、そう思って私は話した。
「日吉 若君、どこにいるか、知りませんか?」
「日吉・・・?」
この人が日吉を知っているとは限らない、そう思って私は言い直した。
「あっ・・・。あの日吉君を知らなければ、テニスコートに連れて行ってください。そこにいると思うので。」
「いや、日吉は知ってる。・・・俺もテニス部だからな。」
「そうですか。・・・あの、それじゃあ・・・・・・。」
それじゃあ、テニスコートに連れて行ってください、そう、もう1度言おうとしたけど、その人はさえぎって、質問をしてきた。
「日吉と、どういう関係なんだ?」
「・・・私の父の知り合いの息子さん、なんです。」
「それだけか?」
なぜ、この人に、そこまで聞かれなければならないのだろう。
「とにかく、急いでいるので。」
「待て。日吉は部活中だ。ちゃんとした理由を聞かせてもらわねぇと、日吉に会わすことはできねぇ。」
・・・仕方が無い。あまり言いたくないけど、ここは言うしかない。
「私は、日吉君の元婚約者です。」
そう、元なのだ。
そもそも日吉と出会ったのは3ヶ月ほど前・・・。
「
、すまない!今回は、断れないんだ!」
「どうして。ちゃんと理由を30文字以内で述べてください。」
「え、え〜っと・・・。相手の道場の方が有名で、断るに断れないんだ。・・・よし、30文字以内!」
「嫌。私は、お見合いが嫌いって、前から言ってるでしょ?」
「ちゃんと30文字以内で述べただろ?」
「関係ない!!」
自分で言うのもなんだけど、私の家は、結構お金持ち。それは、昔から、剣道の道場を開いているからだった。そんな“昔からある道場”に決まってあることは、「結婚はお見合いで」ということ。だけど、私はお見合いが好きではない。それに、私のお父さんとお母さんは、お見合い結婚ではないのだ。それならば、その昔からの風習を、今こそ無くす時ではないのか。
「とにかく、嫌。」
「そう言わずに、
。婚約者になることを断ってもいいから。お見合いだけは、やってくれ。」
「最初から断るんだったら、やっても意味無いじゃない。」
「
。そう言わずに、お父さんの言うことも聞いてあげて。」
「お母さんまで〜・・・。」
私は、お母さんに言われると弱い。なぜなら、お母さんは私の尊敬している人だから。(もちろん、お父さんも尊敬しているけど、それ以上に。)お父さんとお母さんは、周りの反対を押し切って、結婚したのだ。お母さんは、元々お金持ちではなかった。だから、お父さんの方の家族に、いろいろなことを言われたのだ。それでも、今は上手くやっている。だから、お母さんは尊敬している。
「いいじゃない。断ってもいいんだから。お見合いをするのなんて、なかなかできない経験よ。」
「う〜ん・・・。わかった・・・。」
私は渋々、うなずいた。
そして当日。
私は、何も聞いていなかった。時々、相手のお父さんが話を振るので、それには答えていたけど、あとは、ほとんど聞いていなかった。・・・聞いたと言えば、相手の名前と、相手が同じ中学2年生であること。それぐらい。・・・まぁ、それは、最初の方だったから、聞いていただけなんだけど。
「それじゃ、あとは若い方同士で・・・。」
そう言って、私のお父さんと相手のお父さんは、何処かへ行ってしまった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
相手は無表情で、何も言わなかった。・・・もしかして、この人も、お見合いが好きではないのかもしれないな、あるいは、ただの無愛想な奴なのかと、私は思っていた。すると、急に口を開いた。
「お前、何も聞いていなかっただろ。」
・・・・・・図星だ。私は隠さずに言った。
「うん。だって、お見合い嫌いだし。」
そう言ってから、隣の部屋にお父さん達がいるのでは、と心配になったけど、まぁいいか、と思い直した。
「・・・お前、変わった奴だな。普通、そんなことは、思っていても言わないだろ。」
相手がそう言いながら、少し笑ったように見えた。・・・なんだ、笑えるんだ、と私は思った。さっきまで無表情だったから、無愛想な奴かと思っていたけど、結構、いい人なのかもしれない。
「俺は、日吉 若。氷帝学園に通っている。歳は中2だ。」
「・・・うん、知ってるよ。」
「なんだ、そこは聞いていたのか。・・・悪いが、俺は初めから聞いていない。」
はっきりと、そう言った。
「クスクス・・・。・・・それも、普通、言わないと思うけど。」
なんだか、この人とは息が合いそうだな、そう思った。
「私は、
。青春学園に通ってる。歳は一緒よ。」
「そうか。」
そして、私は、さっき思った疑問を解こうとした。けれど、やはり近くにお父さん達がいるような気がして、ここで聞くのは止めた。
「あのさ、ちょっと歩かない?」
「・・・別にいいが。」
相手は、明らかに面倒だ、という表情をした。・・・やはり、息が合うかもしれないな。
外に出ようとすると、予想どおり、隣の部屋にお父さん達がいた。・・・うん、女の勘は鋭い。でも、私の発言も聞かれていたかもしれないな、そう思ったけど、もう遅いので考えないことにしよう。
「それで、日吉・・・・・・・・・・・・くん。」
私は、男子友達の方が多い。だから、つい癖で、呼び捨てにしてしまいそうだったけど、初対面の人に呼び捨ては失礼だと思い、つけようと思ったら、・・・見事に無理矢理になってしまった。
「別に、日吉でいい。」
相手がそう言ってくれたので、私は気軽に話せた。
「じゃあ、私も
でいいから。・・・それで、日吉。1つ聞きたいんだけど、もしかして、日吉もお見合い、嫌い?」
「・・・だから、そういうのは普通に言うもんじゃないだろ。・・・・・・まぁ、嫌いだけど。」
「普通に言うものじゃないから、外に来たのよ。・・・それで、日吉は、なんで嫌いなの?」
私は、すらすらと話していた。・・・初対面でこんなに話せるなんて、よっぽど日吉と気が合うのかな。
「俺は、別にたいした理由は無い。ただ、なんとなく。・・・お前は、どうなんだ?」
「私?私はね、なんかさ、お金持ちって、感じがするから嫌なのよね。私のお母さんは、元々お金持ちじゃないの。だけど、お母さんの子供の頃の話を聞くと、お母さんの生活がいいな、って思う。だから、お金持ち、って感じのものは避けたい。・・・それと、勝手に結婚相手が決められるから嫌だな、って思う。」
「・・・そうなのか。」
雰囲気が少し、暗くなった。・・・私のお母さんが元々お金持ちじゃない、というのがいけなかったのかな。
「ごめん。なんか、家族のこと、急に話しちゃって。」
本当に初対面で、家庭の事情を説明するなんて、思ってもいなかったし、日吉もそんな話を聞くなんて、思ってもいなかっただろう。
「いや、別に。」
そんなことを話しながら、歩いていると、私はある物に気付いた。
「あ、あれ!」
「ん?」
「あの葉っぱ、笛にできるんだよ!お母さんに作り方を教わったんだけど・・・、勝手に取っちゃいけないしね。」
そう。この葉っぱは、ここでこう切って・・・、そんなことを考えていると、急に日吉が吹き出した。
「プッ・・・。・・・本当に、お前変わった奴だな。見合い中に、そんなことを言う奴はいないだろう。」
そう言いながら、日吉はまだ笑っていた。そして、こう言った。
「それ、雑草だし取ってもいいんじゃないのか。」
「・・・そんなに笑われたら、作る気失せた。」
そう言うと、日吉は、また少し笑った。・・・笑いすぎだ。
「また今度作る。」
私はそう言った。・・・しかし、よく考えると、『今度』なんてあるのか。
「・・・・・・あぁ。そうだな。」
日吉も、随分と間は会ったけど、うなずいたところを見ると、また会ってくれるのか。なんだか、少し嬉しかった。
「そろそろ、戻るか。」
そう日吉が言った。
「うん、そうだね。」
最初、日吉は無愛想な奴だと思った。だけど、よく笑う奴だと気付いた。そして、そんな奴と私は「また会おう」と言った。お見合いに行く前は「絶対、嫌だ」なんて言っていたくせに。世の中、何が起こるかわからない。それから、お母さん。やっぱり、尊敬するよ。
戻って、お父さん達と合流した。
「
さん。どうでしたか、うちの息子は。」
そう日吉のお父さんが言った。
「若君は、私のどんな話でも、真剣に聞いてくださり、とても素敵な方でした。ぜひ、またお会いしたいものです。」
「そうか、そうか。」
日吉のお父さんは日吉を見ながら、満足そうに、うなずいていた。そして、今度は、うちのお父さんが聞いた。
「若君。うちの娘はどうでしたか。」
「
さんは、とてもおもしろい話をしてくださり、楽しい時間を過ごせました。ぜひ、またお話しする機会があれば、と思います。」
・・・まさか、日吉がそんなことを言うとは、思ってもいなかった。それにしても『楽しい時間』って、あの葉っぱの事件の時だけだろう・・・。あの時は、笑いすぎだった。
「そうですか。」
お父さんも満足そうに、微笑んでいた。
「そうだ、
さん。」
すると、日吉のお父さんが、急に、ポンと手を叩いて言った。
「今度、うちの道場に来ませんか。土曜日はお昼頃でも、若も道場に出ていますし。」
そう日吉のお父さんが言った。私は、すぐに返事した。
「はい、ぜひ!」
「お暇な時に覘いてください。」
「それでは、今度の土曜日に、お伺いしてもよろしいでしょうか。」
「いいですよ!心より歓迎いたしますよ。」
こうして、私はまた日吉と会えるようになった。
「ここか〜・・・。」
お見合いをしてから、ちょうど1週間。今、私は日吉家の隣にある、道場の前に立っていた。お父さんが言ったように、本当にうちより立派だった。
「すいません!」
そう言うと、1人の女性が出てきた。
「はい。どちら様でしょうか。」
「先日、若君とお見合いをした、
という者です。」
そこまで言うと、相手は全てわかったように、私を案内してくれた。
「私は、如月という者です。
様のことは、旦那様から聞いております。さぁ、こちらです。」
そう言って、如月さんは、私を実際に練習している部屋まで、案内してくれた。
ドッ!!ドドン!!
そこには、たくさんの人がいて、みんな熱心に取り組んでいた。そして、日吉の姿もそこにはあった。・・・・・・どうやら、日吉は人を教える立場にあるようだった。
私は、しばらくその風景を眺めていた。
「30分休憩!!」
そう日吉のお父さん――いや、ここでは師範代と言うべきだろうか――が叫んだ。
「・・・
。来ていたのか。」
日吉がこちらにやってきた。
「うん、まぁね。」
ここに見に来る人が珍しいのか、休憩に入ったみんなが、ちらちらとこちらを見ている。それを気にしたのか、日吉が言った。
「庭に出ないか。」
「いいよ。」
「日吉。ここに人が見に来るのって、珍しいの?」
私は、早速聞いてみた。
「・・・まぁ、それもある。」
「も・・・?」
「俺が、女子と話しているのが珍しいからだろう。」
「あ〜、なるほどね。・・・それじゃ、向こうに戻ったら、何か言われるんじゃない?」
「・・・・・・たぶん。」
そう言って、日吉はため息をついた。それがおかしくて、笑いそうになったけど、ここで笑えば、確実に日吉は怒るだろうと思って、我慢した。
「そういえば、日吉。ここの道場って何してるの?見た感じ、空手や柔道ではないし・・・。独特の構えっていうか・・・。」
「それ、見合いの時に言っていたと思うが・・・?」
「うそ。・・・ハハハ。聞いてなかった。」
「だろうな。まぁ、俺も本当に言っていたか、どうかはわからないけど、たぶん毎回言っていると思う。」
「そうだよね。たぶん、うちのお父さんも言っていただろうし・・・。」
「お前、道場やっているのか。」
「・・・日吉は、もう既にそこから知らないのね・・・・・・。」
お見合い嫌いの私達は、お互い何も聞いていなかった。・・・本当に気が合う。
「私の家は、剣道の道場をやっているの。でも、私はそんなにやったことないから、よくわからない。」
「ここは、古武術の道場だ。」
「古武術、か〜。・・・聞いたことあるような、無いような・・・・・・。」
「無いんだな。」
「まぁ、いいじゃない。・・・それより、日吉は小さい頃からやってるの?なんか、さっきも教えてたようだったし。」
「まぁな。・・・
は、なぜやってないんだ?」
「だって、剣道に興味が無い。」
私は『お見合い嫌いだし』と言った時のように、はっきりと言った。
「・・・・・・本当にはっきりしてるな。」
「そうね。でも、興味無い物は無いんだし。」
「じゃあ、土・日は何をしているんだ?暇じゃないのか。」
日吉がそう質問をした。・・・私を一体何だと思っているのか。
「一応、学校の部活とかがあるんだけど・・・?」
「・・・意外だな。
は、団体行動とかが似合わない。」
本当に、私のことを何だと思っているのか。
「うわっ!失礼。日吉の方こそ、団体行動似合わない。」
「・・・俺も、部活に入ってる。」
日吉が、少し怒り気味にそう言った。
「意外!家でずっと、古武術してそうなのに・・・。」
「これでもテニス部に入ってる。」
そう日吉は、また怒り気味に言ったけど、私はそんなのお構い無しに言った。
「私も!私もテニス部!」
急に口調が変わって、驚いたのか、日吉も怒らずに言った。
「・・・そうなのか。・・・・・・奇遇だな。」
「そうだね!いつか、テニスやろうか。」
「・・・そうだな。」
同じテニス部に入っている。なんだか、やっぱり気が合いそうだ、と私は思った。
こうして、毎週土曜日に道場に通うのが、私の習慣になっていった。
Next
→
初めて書いた日吉の話が続き物で、自分でも驚きです(笑)。
しかも、この話はかなり計画的に作ったので、日にち(曜日)のズレは無いはずです!
まぁ、要は、この話を書いたとき、すごく暇だったんですね・・・。
話的にも、そこそこ伏線があったりするので、続きも楽しんでいただければ、と思います。