今回私に声をかけてくれたのは、日吉先輩でもなく、忍足先輩でもなく、向日先輩だった。



「マジでHRを早く終わらせてやったぜ!」

「えぇっ?!一体、どうやって・・・・・・。」

「ま、それは企業秘密だ。それより、ちょっとは喜んでくれよ。そりゃ、日吉の方がいいだろうけどよー。」

「あ、いえ、その・・・・・・。驚いてしまって。向日先輩が来てくださって、嬉しいです。」

「いいって、いいって。日吉に敵わねぇことはわかってっから。」



なんで?!
忍足先輩と言い、向日先輩と言い、どうして私の気持ちを知ってるの?!
まさか、お姉ちゃんが言ってる、なんてことはないだろうし。お姉ちゃんは勝手に言ったりしないはずだから。
ってことは、私がわかりやすい・・・・・・?そんなことない、と思うんだけど・・・・・・。
とにかく。



「そ、それでも!向日先輩が来てくださって、本当に嬉しいです・・・・・・!」

「そうか!ありがとよ。」



そう言いながら、向日先輩は私の頭をポンポンと軽く叩いて、コートの方へ向き直った。私も先輩に並んでついて行く。



「けど、今日もあんま長いことは2人でいられねぇだろうな。」

「どうしてですか?」

「今週も日吉のクラスのHRが長引く、なんてことはねぇだろうから。・・・・・・って、もう来たか。」



向日先輩の言葉に、前を見ると、走って来る日吉先輩が見えた。



「日吉先輩!こ、こんにちは!」

「あ、あぁ・・・・・・。で、向日先輩、どうして貴方が・・・・・・?」

「今日は俺のクラスのHRが早く終わったから。を迎えに行く係は早い者勝ちで、別に絶対日吉じゃねぇとダメ、ってわけじゃねぇだろ?」

「・・・・・・それはそうですけど。」



日吉先輩が少しムスッとした顔をする。
・・・・・・本当、日吉先輩って、他の先輩たちがいる時は、こういう表情も見せてくれるのに。私には、大人っぽいと言うか、落ち着いた感じしか見せてくれない。
それが少しだけ寂しかったりもする。やっぱり、年下扱いなんだなーって。
でも、もし日吉先輩が私のことをどうでもいいと思ってたら、こんな風に態度を変えることなんてしないはず。そう考えると、急に嬉しくなるから、私って現金だ。



「ま、今日ぐらい、3人で行ったっていいんじゃねぇの?」

「・・・・・・わかりました。」



こうして、私は日吉先輩と向日先輩に挟まれ、あらためてテニスコートの方へ向かった。



「な、?言った通り、2人きりの時間は少なかっただろ?」



そして、向日先輩が私にそんなことを言えば、逆隣りの日吉先輩の方から不機嫌そうな声が聞こえた。



「・・・・・・向日先輩。に何を言ったんですか・・・・・・?」

「別に?つーか、お前、まだのこと、名字で呼んでんの?」

「話を逸らさないでください。」

「いや、お前こそ逸らすなよ。なんで、名前で呼ばねぇわけ?」

「・・・・・・。」



たしかに。日吉先輩以外、私のことはちゃん、もしくはと呼んでくれる。あまり話しかけられることはないけど、あの樺地先輩だって、ちゃんと呼んでくれるのに。
それを寂しいと思わなくもないけれど、実際呼ばれたら呼ばれたで、たぶんものすごく照れるだろうから、あえて自分からは聞かないことにしていた。
だけど、どうして呼んでくれないのか、本当は聞いてみたい。
期待を込めて、日吉先輩を見つめる。



「・・・・・・に限らず、あまり下の名前で呼ぶことがないので。」



なるほど。そういえば、日吉先輩にそんなイメージって、あまり無い。
と、私は納得したんだけど。



「でも、の場合は、もいるわけだし。名字で呼んだら、ややこしいじゃん!」

「それはそうかもしれませんが・・・・・・。」

「だったら、のことは名前でよくね?」

「・・・・・・いいのか?」

「えっ?!!え、えぇ!わ、私は構いませんよ・・・・・・!」



突然、日吉先輩にそう言われ、完全に挙動不審になってしまった。



「嫌ならちゃんと言えよ?」

「いえいえ!少し驚いてしまっただけで・・・・・・!嫌なんてことは、全く思っていません!」



ただ、本当にそう呼ばれたら、やっぱりすっごく恥ずかしいんじゃないか、とか思っただけで!



「そうか・・・・・・。」

「よ〜し。それじゃ、無事解決したし、部活も張り切るか!」



向日先輩のその一言に、ちょっと助かった、なんて思ってしまった。・・・・・・だって、やっぱり恥ずかしいんだもん!

その後、部活中も、意識しすぎそうになったけど。日吉先輩と話すことはあっても、名前を呼ばれることはなく、何とか無事に乗り切ることができた。



「――お疲れ。また来週、宜しくな。」

「はい、お願いします。」



・・・・・・って言うか。むしろ。



「日吉先輩、ドリンクお持ちしました。」

「ああ、ありがとう。」

「いえ。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・ん?どうかしたか?」

「い、いえ!何でもありません!!」



全然呼んでくれないじゃないですかー!!
と直接言えるわけはないので、心の中で叫んでおいた。

あれから、もう2週間。つまり、その話をした日を入れれば、3日もチャンスがあったと言うのに。
そりゃ、呼び慣れないとは思いますけど、呼ばないと慣れませんよ!!・・・・・・なんて。もちろん、先輩には言えないし。
でも、本当は嫌だったのかな・・・・・・?とか不安にもなるし。



「あ、の!日吉先輩っ!」

「なんだ?」



いつも通り、迎えに来てもらっている時に、思い切って聞くことにした。



「え〜っと・・・・・・あれから、名前、呼んでいただいてないのですが・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「その・・・・・・無理に呼んでいただく必要は無いんですが・・・・・・。」

「・・・・・・お前こそ、無理はしてないだろうな?」

「していません!」

「・・・・・・わかった。じゃあ、これからはちゃんと呼ばせてもらうからな、。」

「!!・・・・・・はいっ!!」



思ってた以上に、すっごくすっごく恥ずかしかったけど。それ以上に、すっごくすっごく嬉しくて。そんな思いがきっと表情に出まくってるんだろうなー・・・・・・。
こういうところがわかりやすいのかも・・・・・・。でも!隠せないぐらいに、恥ずかしくて嬉しかったんだから、仕方ないじゃない!!

それからの部活は、いつも以上に張り切ってしまった。
いや、だって!



「――はい、日吉先輩。ドリンクです。」

「ああ・・・・・・。ありがとう、。」

「・・・・・・いえ!!」



こんな風に、ごくごく自然に日吉先輩に名前で呼んでもらえるなんて、もう幸せすぎて!!



「――。少しいいか?」

「はい!!何でしょう?!」



そりゃ、気合いも入るってもんよ!!



「――じゃあな、。また来週。」

「はい!また来週もお願いします、日吉先輩っ!」



そんな感じで今日は一日中、頬が緩みまくりだった。その所為で、家に帰ってからも、お姉ちゃんにからかわれてしまった。



「よかったわねー、日吉くんに名前で呼んでもらえるようになって。」

「う、うるさいなぁー!」

「照れない、照れない。」

「も、もう!!」



そう言っている間も、口元がニヤけていることが自分でもわかる。
・・・・・・やっぱり私って、顔に出やすい?

でも、まさか、それが原因になるなんて、夢にも思っていなかった。

そして、事件は起こった――。









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今回は、今までに比べると短めですね。と言うのも、本当は最後の一文にある“事件”についても、この三話目で書くつもりだったんです。
でも、“事件”後のエピソードが短くなりそうだったので、それなら、この2つを一緒にしよう、と思い、ここで一旦終わることにしました。
・・・つまりは、先のことを考えなさすぎ、ってことですね!(汗)すみませんorz(苦笑)

それにしても、“事件”なんて思わせぶりに終わりましたが・・・。ぶっちゃけ、“事件”自体のエピソードも短いです(笑)。
あれ?ってことは、次回はさらに短くなるのか??・・・まぁ、短くなりすぎない程度には頑張ります(←やっぱり無計画/苦笑)。

('12/11/28)