部活を終えて、私は1人で帰路につく。・・・でも、野球部の練習時間は結構長くて。さすがに、辺りは真っ暗だ。女性に優しい・・・・・・という表現が正しいかはわからないけど。とにかく、女性の扱いに慣れた・・・って、これも正しいのか・・・?
とりあえず、あの虎鉄先輩がそんな中、1人で帰ろうとしている私を気遣ってくれたのは至極当然のことだろう。でも、最近の私はできれば野球部の人たちとあまり関わりたくはなかった。・・・部活をしている間は仕方ないとしても、それ以上はできれば関わりたくなかった。
どうしたって・・・天国と鳥居さんを思い出してしまうから。もう私は天国のことを諦めようって思ってるから、あの2人のことを思い出したくなかった。・・・こんなことを考えてしまう辺り、まだまだ諦めきれてません、ってことなんだろうけど。
何にせよ、私は他の部の友達を待たせているから、なんて嘘を吐き、半ば走りながら学校を出ようとした。



「よう、。遅かったな。」



門の前で、そんな私を誰かが呼び止めた。
他の部の友達を待たせている、その嘘がソイツのおかげで事実となってしまった。・・・まぁ、嘘を吐くのは気分いいことじゃないし、事実になったのなら、それはそれでいいか。
なんて風に思えるのは、きっとこの呼び止めた相手が誰であってもよかったわけじゃない。



「・・・・・・・さ、沢松・・・?!何やってんの・・・?」

「何、って・・・。お前を待ってたんじゃねぇか。」



唯一、私の事情を知ってくれている幼馴染の一人。・・・もう一人は、何も知らない、あの馬鹿だけど。
とまた思い出しかけて、私は無理に心の奥底へ閉じ込めた。
今は出て来ないで。この間、沢松には散々愚痴を聞いてもらったとこなんだよ・・・。だから、今日は笑顔でいたい。



「いや、でも約束してないじゃん。」

「約束してなくたって別にいいだろ。どうせ、帰る方向は一緒なんだし。」

「まぁ・・・いいけど。報道部もこんな時間まで部活やってんの?」



他愛も無い話をしながら、私たちは歩き出した。



「だから、言っただろ?お前を待ってた、って。報道部はこんな遅くまでは活動しねぇよ。」

「え・・・。何それ・・・・・・ストーカー・・・?いや〜、怖〜い!」

・・・さすがに怒るぞ・・・?」

「ごめんごめん、冗談だってば。・・・・・・・・・ありがと。」

「・・・別に。」



最近、私はいつも1人で帰っていた。・・・たぶん、それが沢松にも何となくわかったんだろう。だから、今日は心配して確認しに来てくれた。
本当・・・。



「沢松って、意外とマメだよね〜。」

「意外は余計。」

「意外と気が利くしさ、優しいし・・・。結構、モテそうなタイプだよね、沢松って。・・・ま、実際全然だけど。」

「だから、意外は余計・・・・・・つーか、さり気に酷いこと言うな・・・!」

「仕方ないじゃ〜ん、事実なんだし。」

「・・・まぁ、それもそうだな。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「何だよ。」

「いや・・・それこそ、意外にあっさり認めるから、ビックリしちゃって・・・。」

「でも、の言う通り、事実だからな。」



あっさりどころか、ちょっと楽しそうにも見える・・・。何、自虐しては喜ぶようなタイプだったっけ、沢松って??
・・・って、そんなわけはない。何か、妙に吹っ切れたような感じがする。・・・もしかして、うじうじと悩みまくる私には、これぐらいで対応した方がいいとでも思ってくれたのかもしれない。
やっぱり、アンタは優しいよ、沢松。



「・・・私だって、本当はどうだか知らないよ?実際はモテモテかもしんないじゃん。」

「別にそんなフォローは要らねぇって。モテてねぇから、実際。」

「沢松の知らないところでモテてるかもよ?」

「いいんだって。・・・それに、モテたいって思ってるわけでもねぇしなー、俺は。」

「えぇ?!そうなの??普通、モテたいでしょ??」

「そりゃ、モテるに越したことはねぇけど・・・。不特定多数の誰かに好かれるより、自分が好きだと思う奴に好かれたいもんだろ?」

「・・・・・・そりゃそうだろうけど・・・。それを口に出して言える沢松って、本当モテそうだよ。と言うより、彼女に喜んでもらえると思うよ。」

「そうか?・・・ま、がそう言うんなら、今後参考にしてみるわ。」



・・・本当、何かどうしたんだろ、沢松。妙にさっぱりしてる。まぁ、確かにこの方が私も楽でいいんだけど。・・・やっぱり、それをわかってくれてるのかな。



「ところで、。」

「へ?え、何??」

「・・・どうした?」

「ううん!何でもない、何でもない!!どうぞ、沢松続けて?」

「お、おう・・・。この間言ってた、吉牛の奢り、あれってまだ有効だったよな?」

「え?・・・・・・あぁ、あれね。うん、そうだね・・・。まだ一週間は経ってないし。・・・って、もしかして今日行くの?」

「今日は無理だろ。もう時間も遅いし、も早く帰らねぇと。」

「うん、だよね。・・・じゃあ、明日とか?」

「それなんだけどよ・・・。別の頼みに変えることはできねぇ?」



そう言った沢松は、さっきまでとは違い、楽しそうという感じではなかった。いつものように悪巧みをしている感じでもない。・・・って、いつもは失礼か。でも、昔から私たち3人は・・・・・・って、もう止そう。



「その内容にも依るけど・・・まぁ、いいよ。何?」

「すげぇ今更なんだけどな。」

「何なの??」

「いや・・・。」



少し言いにくそうにしながらも意を決し、沢松はそれを口にした。



「俺のこと、健吾って呼んでほしいんだけど。」

「・・・・・・・・・え?何、それ??本当、今更じゃない?」

「だから、言っただろ。すげぇ今更だ、って・・・。」

「う、うん・・・。でも、何で今更?」

「いや、俺としては、ずっと昔からそう思ってたんだけどな。俺はのことをって呼んでるのに、俺のことは苗字呼びだろ?何か、引っ掛かってたんだよ。」

「・・・まぁ、たしかに。ただ、今から呼び方変えるのは、結構苦労するよ?」

「だから、吉牛を奢る代わりに、それぐらいの努力をしてくれないかってこと。」

「うーん・・・。わかった。つい癖で沢松って言っちゃいそうな上に、今更だから妙に気恥ずかしいけど・・・まぁ頑張ってみるよ。」

「おぉ、サンキュ!」

「沢松は、本当にこんなのでいいわけ?」

「いいから、そう言ったんじゃねぇか。・・・ちなみに、今の分はノーカンにしといてやるからな?」

「あ・・・。そっか、ごめん。難しいなぁ・・・!」

「ハハ。ゆっくりでいいって。」



本当に結構面倒そうだ。でも、私がどうして沢松のことを沢松って呼ぶのか、その原因を思い出したから、健吾と呼べるように頑張ろうと思った。
私が沢松と呼んでいたのは・・・単に天国がそう呼んでいたから。自分の好きな人と同じようにそうしたかっただけだ。
それは昔の話。今はもう・・・諦めたいんだ。だから、小さなことからでも変えていこうと思った。



「けんご、けんご、けんご、けんご、・・・。」

「な、何だよ?!」

「いや、慣れておこうと思って。」

「急に慣れなくていいって!つーか、そんなに連呼されたら怖ぇって・・・!!」

「そう?・・・でも、慣れるの、やっぱ大変そうだよ?」

「じゃあさ・・・。それを慣れるためにも、明日からは俺と一緒に帰らねぇか?」

「・・・・・・。」

「お前、どうせ1人で帰ってたんだろ、最近。」



やっぱり気付いてたんだ。・・・ありがとね、とは素直に言えない私だけど。でも、昔からアンタには感謝してる。



「・・・やっぱり、ストーカー?!!」

「怒るぞ?!」

「ごめん、ごめん。・・・いいの?沢松・・・・・・じゃなくて、え〜っと・・・健吾は。野球部、結構遅いよ?」

「まぁ、俺らは野球部専属だから、大体同じ時間帯が部活だし。」

「でも、毎日じゃないでしょ?今日だって・・・。」

「それ以外にもすることはあるからな。」

「・・・・・・女子更衣室の撮影とか?」

「そうそう・・・って、そんなわけあるかー!!」

「おぉ。ナイス、乗りツッコミ。」

「ったく・・・。」



などと言いながら、沢松は思い切り溜め息を吐いていた。・・・あ、いや。健吾は。
私も思わず、笑みがこぼれた。本当、全然変わらない。昔から・・・、3人で居た頃から・・・、誰よりも落ち着けるのはコイツともう1人の男と連んでいるときだった。でも、その“もう1人”とはもう連めなくて・・・。
だから、変わらずに居てくれる目の前の存在がただ嬉しかった。



「あーぁ、本当・・・。私たちって全然変わんないねー。」

「んー?・・・そうだなぁ。」

「ちっとも成長してないってことかな?」

「何だよ、変わりたいのか?」

「そうだねー・・・。変わりたいかなー。・・・もう諦められる私に変わりたい。」



その目の前の存在に甘えて・・・。また、私は愚痴をこぼす。・・・一応、笑顔だけは残したまま。



「・・・。」

「早く忘れてさ、あんな男なんてどうでもいいんだから!って言い切れるぐらい、成長したいね。・・・と言うか、いつかはそうなれると思うけど。」



ずっと楽しそうに笑ったまま、私はそう言った。すると、沢松も・・・じゃなくて、健吾も、前みたいな苦笑いじゃなく、自然な笑顔で言葉を返してくれた。
・・・また、気を遣わせちゃったかな。



「別に無理して忘れる必要は無いんじゃねぇのか?」

「でも、諦めた方が楽だし。」

「そんなもんかー?無理して諦めるのもつらいと思うぜ?」

「そんなもんかなー?」

「少なくとも俺は、な。そう思った。」

「う〜ん・・・。まぁ、その沢・・・健吾の意見も一理あるよね。」

「だろ?だから、無理に早く変わろうなんて思う必要はねぇって。」

「そうだね。・・・・・・健吾って呼ぶことに関しても、ゆっくりでいいんだもんね。」

「そうそう。」



ただ、ひたすら笑顔で言ってくれる健吾に、私も気分が楽になった。
って言うか、何気に健吾って呼ぶこと、少しは慣れてきたかも?



「そっか。・・・うん、そうだね。じゃ、まだ好きってことでいいか!」



だから、深く考え込まずに、私はそう言い切った。いつかは、意識しない日が来るはずだと思いながら。
・・・すると。



「いいと思うぜ。俺もそうだからな。」

「健吾も?・・・・・・遊神さんのこと?」

「違う違う。のこと。」




突然、健吾が訳のわからないことを言い始めた。



「・・・え?何言ってんの??」

が天国のことが好きなように、俺も昔からのことが好きなんだ、って話だよ。」

「で、でも!前は、遊神さんのことが好きだって・・・。」

「あれは、のことを諦めようと思って、そう言ってたんだよ。・・・でも、あれは、楓ちゃんにも悪いことしたなぁ・・・・・・。」



最初は楽しそうに話していたから、てっきり冗談か、私を慰めてくれてるのかと思ったけど・・・。遊神さんのことは、本当に悪いと思っているような口ぶりだった。
・・・・・・まさか、本当に??



「だから、そうやって周りを巻き込むより、自分の気持ちに素直になって、好きなら好きでいいじゃんかって思ったわけ。もちろん、この気持ちをに押し付けようなんて考えてねぇし、今まで通り接してくれりゃあいいから。」



そう言った健吾の笑顔は、すごく爽やかだった。何の迷いも無い、そう感じた。
だから、かな。私も変に意識することなく、いつも通りに言葉を返した。
・・・本当は、少しドキッとしたけど・・・・・・それは見慣れない、あるいは聞き慣れない健吾の態度に、ちょっと動揺しただけだろう。



「あのさぁ・・・。知ってる?人って、失恋後が1番口説きやすいんだよ?それなのに、ちょうど失恋したばかりの私に告白して、普通に接してくれればいいって・・・無理な話だと思わない?」

「失恋したばかりってわけじゃねぇだろ?・・・でも、意識してくれんなら、俺はそれでもいいけど。」



なんて言いながら、健吾は少しニヤリとする。・・・ったく、やっぱり、こういうところは変わらない。
そう思って、今までみたいに、私も嫌味な笑みを浮かべて言い返した。



「まさか。こんなことでオとせる様じゃなくってよ?」

「だろうな。そう思ってた。」

「ま、精々頑張ることね。」

「へいへい。」



口にしてから思った。・・・精々頑張れ、って・・・・・・まるで、健吾には可能性があるみたいな言い方をしてしまった、と。
もちろん、そんなつもりで言ったんじゃない。ただ、からかうような返答をしようと思ったら、こうなっただけだ。健吾もそれがわかったんだろう。笑いながら、やる気の無さそうな返事をしてみせた。
そんな健吾を見て思った・・・と言うより、わかった。私も健吾も天国も、みんなお互いを好きなのには変わらない。それが恋愛感情だったかどうかの違いだけだ。だから、私が天国を諦めたいがために避けたりするのは、天国に悪い。天国は、きっと友達・・・・・・いや、悪友のままの私で居てほしいだろうから。
・・・・・・なんて、それはそれで自惚れっぽいよね。と思ったら、何だか面白くなってきて、久々に心の底から笑えたような気がした。
それを取り戻してくれた、もう1人の悪友へ、本物の笑顔で伝えた。



「ありがとね、健吾!」

「・・・いいえ。どういたしまして。」



何と返すべきか、それを少し考えたように見えたけど、結局健吾も笑顔でそう言ってくれた。









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突然の沢松夢!!(笑)キャラ掴めてないとか、今更気にしません!(←しろよ)
前回の終わりに、「健吾って呼んでほしい」とあったので、それを実現してやりました。感謝してね、沢松くん!・・・嘘です、調子に乗りました!!(土下座)

とにかく、前回は可哀相な終わりだったので、少しでも明るく終えようと、久々に書いてみました。でも、結局失恋ですね・・・(苦笑)。
今度書くときは、ガラッと変えて、甘い話を目指します!・・・たぶん!!(←)

('09/10/22)